特集2/ケーススタディ

形態はかたまりとして

 築40年。建坪11坪の木造住宅。施主は後10年間賃貸住宅として生かせればと考えていたという。菊地さんの不動産業界にいた友人が、リノベーションでなんとかなるのではと持ち込んできた物件。スイスのヘルツォーク&ド・ムーロンの事務所から独立して戻ってきたばかりで、まだ取り組む仕事のなかった菊地さんはエネルギーを注ぎ込んだ。といっても剥がしてみなければ、どこまで手を入れられるかわからない世界。内壁を壊してしばらく眺め、1週間でプランを仕上げた。後は現場仕事。ここは残す、ここは手を入れると決めていったという。
 最初に決断したのは外観をひとつのかたまりとして成立させたいという一点。そのためにガラス窓を大きくスケールアップし、窓枠を消し、壁とガラスをツライチにした。ほとんど「TOD'S表参道ビル」(2004年/設計=伊東豊雄)の住宅版。あのコンクリートとガラスの平滑な関係には驚いた記憶がある。松原ハウスを見て、あらためて窓枠を消す意味の大きさを意識させられた。菊地さんは「ツライチにして窓枠をなくしたのは、ガラスに映る緑と壁のエンジを直接衝突させたかったから」とも。
 菊地さんは、窓枠の消去、ガラス面の拡大、壁との一体化を目指す平滑な処理、そしてガラスの反射をもって、この住宅をひとつのかたまりとして提示している。
 それを強調し明確にする細部のディテールにもエネルギーが注がれている。壁に溶け込み、切り込まれた線だけが見えるふたつの住戸の玄関扉。ドアノブもない。ノブがあれば一挙に扉と見えるはずだけれど、とにもかくにも玄関扉としてのシンボルがない。これも外壁とツライチ。平滑性は貫かれている。
 扉を開けるための手がかりは、扉に掘り込まれている。夜は暗い路地に面しているから「見えなくなる」ので、切り込まれた扉の穴に光が仕込まれている。平滑へのこだわりは徹底している。このこだわりこそが松原ハウスを一挙に異次元表現へと飛躍させる決め手となっているのだろう。
 内部は内壁を剥がして決めた。構造用合板を張りつめ、数が多すぎた開口部を減らして構造の強度を上げた。東西の窓はほとんど消した。
 柱梁は切り接ぎ、埋木。大工さんが70代で「40年前の家はこんなもんだったよな」と言いながらていねいな仕事をしてくれた。いつのまにか今風のインテリアデザインに仕上がっている。ワンルームの白の壁、舟底天井。その中央に取り残された繊細な十字のシンボリックな柱が現れている。ほとんど3寸柱。モダン数寄屋といいたくなるほどの感性を示している。「舟底天井、高い天井は決して好きではないけれど」と言いながらも現れた世界を残した。
 ひと筋の光がまっすぐに伸びる白い空間はみごとだ。
 内部のディテールは消去。徹底して線を消している。キッチンのフードは白い壁の中に埋まり、ボタンを押すと現れる。シンクの下の排水管は横に引き込んで壁内でトラップをとり、屋外へ出した。排水管を見えなくする仕掛けもすべて自分で設計、特注とした。水は平行には動かない。シンクの傾斜をどうとるかが大事。一度、失敗して再挑戦、成功した。レンジフードの仕掛けも特注だという。

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