ユニバーサルデザインStory

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Story19
インタビュー

ミライロが目指す「バリアバリュー」な未来

story19 ミライロが目指す「バリアバリュー」な未来

障害は取り除くべきものではなく、価値に変えていけるもの——。株式会社ミライロは、「バリアバリュー」という理念を掲げ、デジタル障害者手帳「ミライロID」の運営や、企業に向けたユニバーサルデザインのコンサルティング事業を行っています。立命館大学在学中にミライロを創業した垣内俊哉社長、民野剛郎副社長に、ミライロの取り組みや目指す未来について伺いました。

  • 株式会社ミライロ 代表取締役社長
    垣内俊哉(かきうち・としや)さん
    1989年、愛知県生まれ。生来、骨がもろく折れやすいため、幼少期より車いすで生活を送る。2010年、障害を価値に変える「バリアバリュー」を理念とし、大学在学中に株式会社ミライロを設立。国内・海外の障害者支援に携わる。テレビ東京「ガイアの夜明け」、NHK総合「おはよう日本」などメディアに多数出演。
  • 株式会社ミライロ 取締役副社長
    民野剛郎(たみの・たけろう)さん
    1989年、鳥取県生まれ。大学に在学中の2010年に、垣内氏と共に株式会社ミライロを設立。企業や自治体、教育機関のユニバーサルデザインのコンサルティングを手がける。国内最大の障害者パネルを有する「ミライロ・リサーチ」など様々な新規事業の立ち上げのほか、Airbnbのアクセシビリティ向上ワーキンググループ委員などを務める。

当事者としての視点が起業家としての武器になる

当事者としての視点が起業家としての武器になる

垣内俊哉さん(以下、垣内)
民野剛郎さん(以下、民野)

 ミライロを立ち上げた背景を教えてください。

垣内:

私は骨が弱く折れやすい「骨形成不全症」という病気です。この病気は父や祖父、遡れば明治時代の先祖から代々受け継がれてきたものです。先祖の時代は舗装された道路やエレベーターなどというものはなく、もちろんトイレのバリアフリーなんて夢のまた夢。外出は困難を極め、学ぶことも働くことも難しい時代だったと聞いています。そうしたなか、私自身は現代に生を受け、不便や不自由はあったもののほかの人と同じように学び生活することができました。それは時代と共に社会がバリアフリーになってきたおかげです。この流れを後世に繋げ世界中に広げていくことがいつしか私の夢になりました。立命館大学の起業家養成クラスで民野に出会い、「障害者の視点を生かして新しいものを生み出そう、バリアをバリューに変えていこう」とミライロを創業しました。

民野:

私自身はそれまで全くこの分野に詳しくなかったのですが、垣内とルームシェアをして一緒に過ごすなかで「日常生活のさまざまなところに壁があるんだな」と気づき、ビジネスとしてバリアフリーやユニバーサルデザインに取り組む意義を感じました。また、どんな分野であれ、起業するには自分たちにしかない強みが必要です。垣内自身が20年かけて培ってきた当事者の視点は、ほかにはない大きな価値になると考えました。

幼少期から何度も入退院を繰り返すなかで、「何か自分の障害を認められる術はないだろうか」と自問自答してきたそう

障害者の外出を後押しする「ミライロID」

障害者の外出を後押しする「ミライロID」

 デジタル障害者手帳「ミライロID」を開発した背景を教えてください。

垣内:

1949年に身体障害者福祉法が制定され、戦争で障害を負った傷痍軍人や一般障害者が国鉄(現JR)の割引を受けられるようになりました。それがバスやタクシー、飛行機などにも広がっていき、障害者の社会参加を大きく後押しすることになりました。

障害者割引を適用するには本人確認のため障害者手帳の提示が必要です。しかし、障害者手帳のフォーマットは発行元の自治体によって異なっており、現時点で283種類もあります。不正利用を防ぐための確認に5〜10分ほどかかることも多く、利用者側にも事業者側にも負担がかかっていました。また、名前や住所も記載されているため、プライバシー保護の観点から提示をためらう方もいます。障害種別によって手帳を色分けしている自治体も多く、精神障害のある方は特に「人に見られたくない」という気持ちも強いようです。こうした煩わしさから外出が億劫になっていた方、本来であれば受けられるはずの割引やサービスを諦めていた方も少なくありません。

これを電子化し、一目で確認できるようにしたのがミライロIDです。政官財の皆さまと数年にわたって協議を重ね、2019年にリリースしました。障害者手帳の電子化は世界の最先端をいく取り組みです。この取り組みを誇らしく思っています。

「障害者割引を受けるにはJRや私鉄、バスなどそれぞれの交通カードを持ち歩く必要があり、障害者には負担がかかっています」と垣内社長

障害者手帳の情報を登録・表示できるスマホアプリ、ミライロID。使用する福祉機器などの登録や身体特性に応じた情報の取得、企業や店舗が発行するお得な電子クーポンや障害者割引チケットの利用も可能。2023年12月現在、公共交通機関やレジャー施設など3800以上の事業者がミライロIDを導入しています(図版提供/ミライロ)

 リリース後の評判はいかがですか?

垣内:

「外出の負担が軽くなった」という声をいただいています。スマホアプリという形を取っているので、従来のように「家に忘れてきてしまった」というトラブルはほとんどありません。本人確認がスムーズにできるので利用者側も事業者側も負担が減り、双方から「非常にありがたい」と言われています。私自身、これまでは提示に時間がかかることもあって「すみません、障害者手帳あります」と恐縮していたのですが、電子決済サービスでお支払いするような気軽さでさっと障害者手帳を提示できるようになりました。

さらに、ミライロIDでは企業や店舗が発行する電子クーポンの利用や障害者割引価格のチケット販売も行っていて、アプリ上で予約・申込・決済が可能です。最近ではタクシー配車アプリと連携し、予約段階で障害者割引を適用できるようになりました。運転手に画面を提示する必要がないので、乗車時の心理的な負担がかなり軽減されるはず。今後も行政や企業とさまざまな形で連携し、障害者が外出しやすい社会をつくっていけたらと考えています。

「ミライロ・リサーチ」を通して、障害者の声を企業が拾い上げる

「ミライロ・リサーチ」を通して、障害者の声を企業が拾い上げる

 ミライロでは法人向けにもサービスを行なっていますね。代表的なものを教えていただけますか?

民野:

法人向けには、社会に存在する「環境」「意識」「情報」3つのバリアを解消する各種ソリューションを提供しています。内容は多岐にわたりますが、そのひとつが障害当事者のニーズを把握し商品・サービスに生かすサポートを行う「ミライロ・リサーチ」です。

これまで、企業が障害者の声を聞きたいと考えた場合、個別に障害者団体を回りモニターを集める必要がありました。そうするとどうしてもコストが高くなってしまいます。そこで、私たち自身が障害のある方々とのネットワークを築き、Webアンケートやインタビュー、グループヒアリングといった定量調査・定性調査のコーディネートを担うようになったのです。これは学生時代に開始したサービスですが、ミライロIDとの連動ができてからは数十万人のユーザーの中から障害種別や条件を細かく設定してマッチングすることが可能になりました。

ミライロ・リサーチを通し、企業は障害者のニーズの把握から開発中の商品、サービスのモニタリングなどさまざまな調査を行うことができます(図版提供/ミライロ)

「SDGsの観点からもミライロ・リサーチを活用する企業が増えています」と民野副社長

具体的な取り組みプランの例

お客様満足度向上に向けた取り組み

  • step
    1
    行動観察調査+事後インタビュー
  • step
    2
    覆面調査
  • step
    3
    接客ロールプレイング

2つの調査で潜在的な課題を発見し、ロールプレイングで反復的に改善に貢献

障害者雇用に向けた取り組み

  • step
    1
    環境調査 → 行動観察調査
  • step
    2
    職域調査 → インタビュー調査
  • step
    3
    意識調査 → Web調査

職場の環境・職域・意識に関する調査を通じて、企業価値の向上に繋げる

商品開発・改善に向けた取り組み

  • step
    1
    仮説 → インタビュー調査
  • step
    2
    仮説検証 → Web調査
  • step
    3
    評価 → インタビュー調査

ニーズ把握からプロトタイプの課題発見まで、ユーザーの声を抽出する

(写真・資料提供/ミライロ)

垣内:
従来のマーケティングでは、障害者の声を聞くといっても50人から100人が限界だったのではないでしょうか。ミライロIDでは、たとえばアンケート調査であれば一週間で3〜4千人の声が集まるので、本当に求められているものが何なのか、どういったニーズがあるのかを高い精度で把握できます。そうしたデータを元に開発した製品やサービスは、ちゃんとターゲットに届くものになる。企業が社会貢献ではなくビジネスとしてユニバーサルデザインに向き合う下地がようやくできてきたと言えます。
民野:
アンケートやヒアリングに応じてくださった方には報酬をお支払いしています。「障害のある方々への新しい働き方の選択肢になれば」という想いもあり、案件によって異なりますが一般的なモニターの仕事よりも報酬は高めに設定しています。ただ、実際には「自分の声を社会に届けたい」という思いを強く持っている方が多く、報酬がない簡易アンケートなどにも多数の方が回答してくださっています。
垣内:
障害者はずっと自分が何に困っているのか、どんなニーズがあるのかを企業に伝えたいと思っていたけれど、声を上げる場所がなかったんです。ミライロ・リサーチが「声を届けることで社会を変えられるんだ、もっともっと外に出て伝えよう」と思うきっかけになれば嬉しいですし、それが進んでバリアをバリューに変えるため起業する障害者がもっと増えることを願っています。

ミライロではユニバーサルマナー検定やLGBTQ+対応マナー研修、認知症対応マナー研修、ユニバーサルワーク研修といった企業向けの検定・研修も行なっています。ユニバーサルマナー検定では車いすの操作方法や視覚障害者の誘導方法など、知識だけでなく実践的なサポート方法を学ぶ時間もあり、ミライロ東京支社がその会場となっています(右端の写真提供/ミライロ)

「障害があったからこんなことができた」と誇れる世界へ

「障害があったからこんなことができた」と誇れる世界へ

 TOTOがユニバーサルデザインのコンセプトをリニューアルする際、ミライロにもアドバイスをしていただきました。TOTOの取り組みに対するご意見やご提案はありますか?

垣内:
現在は多くの企業がユニバーサルデザインを真剣に考えていますが、その先駆けとなったのはTOTOさんだと思っています。1960年代、まだまだ障害者がユーザーとして捉えられていなかった、ここにニーズやマーケットがあると考えられていなかった時代に、TOTOさんが率先して取り組んでくださったからこそ、他の企業が追随していったのではないでしょうか。今後もリーディングカンパニーとして、より多様な方にとって使いやすい商品や空間を追求していただけたらと期待しています。
民野:
コンセプトのリニューアルを考える上で、TOTOさんが商品開発時の仕様書にユニバーサルデザインに関するチェック項目を非常に細かく盛り込まれていることを知りました。御社ほど徹底している企業は見たことがありません。一方で、そうした工夫や歴史が一般消費者にあまり知られていないのではないか、ともったいなく感じたことも事実です。TOTOさんの取り組みが広く知られることによって、障害のある方は「自分たちのことをこんなに考えてくれる企業があるんだ」と励まされると思いますし、他の企業のお手本にもなるはず。ミライロIDなどを通して情報発信のお手伝いができれば幸いです。

ミライロのWebサイトには、TOTO のユニバーサルデザイン・コンセプトのリニューアルに関する記事が掲載されています(右の画像提供/ミライロ)

 最後に、ミライロが実現したい未来を教えてください。

垣内:
あさはかなことですが、私は17歳のときに障害を受け入れられず何度か命を絶とうとしました。その後、仏教でいう“諦めの境地”に達し、自分にできないこと、自分だからできることを明らかにして受け入れました。それがバリアバリューという考え方につながっています。しかし、世界に目を向けると、まだ差別や不便に苦しんでいる方、自分の障害を受け入れられず塞ぎ込んでいる方がたくさんいます。障害者やその家族が現状を悲観せず、「障害があったからこんなことができた」と誇れるような社会をつくり、日本から世界へ広げたい。それがミライロの使命であり、私自身の存在意義だと考えています。

注)下記のようなミライロの見解に沿い、当記事には「障害」という表記を使用しました。“株式会社ミライロでは「障害者」と表記しています。「障がい者」と表記すると、視覚障害のある方が利用するスクリーン・リーダー(コンピュータの画面読み上げソフトウェア)では「さわりがいしゃ」と読み上げられてしまう場合があるためです。「障害は人ではなく環境にある」という考えのもと、漢字の表記のみにとらわれず、社会における「障害」と向き合っていくことを目指します。”(株式会社ミライロ Webサイトの記載より抜粋)

編集後記ミライロが掲げている「バリアバリュー」とは今の社会が目指し、また、ひとりひとりがもつべき考え方といえるでしょう。その実現のため、ミライロはまずビジネスに取り組み、社会と障害者をつなげる架け橋となりました。一方、ビジネスは障害の有無にかかわらず、関わった誰もが等しく社会参加できる基盤になりうるもの。とはいえ当初はそのビジネスを切り開くこと自体に数々のバリアが垣間見えたのでは? それらを突破しながら目標に突き進み続けているお二人には、尊敬の念に堪えません。編集者 介川 亜紀

写真/後藤徹雄(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀  2023年12月26日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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