TOTO創立100周年特集

第3回 海外に広がる日本の水まわり文化

この特集も第3回となりました。建築と歩んだ歴史、環境とともにある水まわりの技術・製品、そして今回は海外でのTOTOの取り組みを、時代と地域に沿ってご紹介していきたいと思います。

取材・文/新建築社

  • TOTO WATER TECHNOLOGY
    Wherever you feel the touch of water, you will find us.

世界へと広がり歩む意思

 特集第1回(2017年新春号)でも触れたように、TOTOの創立時の社名である東洋陶器には、日本にとどまらず、世界の広い市場を見据えた、強い思いが込められている。衛生陶器によって清潔で快適な生活をもたらすことは社会の発展につながると考え、「世界の需要に応え、貿易をますます盛んにすることを決意する」と1917年の小倉工場の「定礎の辞」に創立者・大倉和親は記している。
 水まわり製品は人の生活の要として必須の存在だ。それゆえ個々の国・地域にある生活文化や社会風習と切り離すことができない。インフラ整備や環境問題とも密接で、社会的な存在ということもできる。
 それだけに異なる文化・宗教・社会制度を持つ諸外国への事業展開は決して容易ではない。経済原則や合理性だけで成功するものでは決してない。それぞれの地域に根ざし、現地の人たちと同じ視線で向かい合い、小さな成功の積み重ねを共有しながら、文化や宗教の違いを乗り越えていくことが欠かせない。
 一方で企業やその製品が社会の中で認められていくためには、存在意義や価値を示していかなくてはいけない。いわゆるブランディングだ。何が価値となり、どんな点で差別化できるのか。
 日本を振り返れば、西洋諸国から技術や文化を取り入れ、それを自国に合わせてモディファイし、経済の発展に併せて独自の技術も進化し、製品の品質も向上していった。衛生陶器もそれに当てはまる。ただ、海外から多くを取り入れても、「変わるもの」と「変わらないもの」があり、その間から新しいものも生まれてきた。それが日本独自の豊かさやオリジナリティーにもつながっている。
 今や世界で高い評価を得る「日本の技術」もそうした中から培われてきた。世界というフィールドにおいてその技術力こそが何よりの差別化となった。

海外事業の原点と中国市場

 TOTOは創立当初、大正時代から戦前にかけて、米英向けにコーヒー皿などを製造、東南アジアやインドといった市場にも陶磁器の輸出をしていた。衛生陶器も日本の大陸への進出と重なって、中国・インドへの輸出が増え、TOTOにとっての主力製品として展開していく。戦後から高度成長期に掛けては急激に高まっていく国内需要への対応に迫られることになる。
 1970年代以降は、国力を回復し、日本企業の技術や生産能力なども世界に比するレベルまで向上しつつあった。経済・貿易の国際化も進む中、TOTOとしても、洗練された水まわりの技術をテコに海外事業を推進し、国際化を図ることになった。1977年にはインドネシアでの生産拠点設立に着手。これに成功すると、東アジアでの事業を活発化していく。
 特に当時より最重要市場として位置付けられていたのは中国だった。1972年の日中国交正常化、1978年には鄧小平が主導したいわゆる「改革開放」が始まり、市場経済に向けて、積極的に海外資本を導入するなど経済環境も整いつつあった。
 翌年の1979年にはTOTOは中国の迎賓館の改装工事で衛生機器を納入している。この迎賓館は北京に現存し、池や庭園のある43haの広大な敷地に、伝統的な中国建築であるホテル棟を中心として16のゲストハウスが配される。中華人民共和国創立10周年を記念して整備され、人民大会堂や北京駅と並び、北京十大建築のひとつとされるものだ。
 ちょうどその頃、I.M.ペイの設計による「香山飯店(Fragrant Hill Hotel)」が竣工している(1982年・写真d)。当時NYに事務所を置いていたペイによる、近代的な作風とは離れた伝統的な中国建築の要素で構成された建築だ。ペイのこの建築は、中国における、「変わるもの」と「変わらないもの」のバランスの変移を読み取ることができる。
 1984年の海外事業部設置をターニングポイントとし、TOTOは海外進出をさらに本格化する。1986年に中国の国営企業と技術移転契約を結び、衛生機器製造プラントの輸出を始めた。
 また、北京を中心に建設が進んだ高級ホテルなど、著名物件に多くの水まわり製品が納入された。最高級製品としての地位と評価の獲得に向けて、ブランディング活動を進めていく。
 名前や存在を認知されることから始まり、市場に浸透させ、さらにその確立と維持に努めていくという三つのフェーズに分けてブランディングは考えられる。まずは認知促進のため、パブリックでより多くの人の目に触れる、または体験が可能なホテルに水まわり製品の納入を進めた。特に高級ホテルの需要を満たせるような、高品質の製品が中国の国産品には少なく、80年代では外資のメーカーもTOTOのほかわずかしか存在しなかった。水がきちんと流れる、という性能品質の高さは大きな差別化のポイントとなっていく。
 さらに中国での事業と並行して、東アジアの各国でも合弁企業を設立している。タイでは衛生陶器(1986年)と水栓金具(1987年)の会社を、そして韓国、台湾と続くのだった。
 片や1990年代になると中国でも海外の建築家による作品が現れる。特に租界のあった歴史も含め、元来国際色の豊かだった上海では再開発が急激に活発化した。1989年にはジョン・ポートマンの設計によるホテルやオフィス、商業施設などの複合施設「上海商城」(写真c)が完成。浦東新区では「東方明珠電視塔」(設計:華東建築設計研究院/1994年)やSOMによる88階建ての「金茂タワー」(1998年)など超高層建築が建ち並び、以降香港に並ぶアジア随一の摩天楼街として中国の経済発展の象徴ともいえる存在となった(写真a)。
 TOTOは、1995年に統括会社・東陶中国を設立し、販売網の拡充に努める。ちょうどその頃から中国政府が個人による住宅所有を認める方向性を打ち出した。持ち家への憧れや切望は、生活の質の向上と密接につながる。水まわり製品に対するステータス性や要求品質も高まった。販売の9割以上を中国内で生産し、中国の仕様に合わせた商品改良を行うなど生販連携で市場に応えた。実際にウォシュレットなどのユーザーの体験を通じて、TOTOの高級ブランドとしての浸透も個人レベルで進んでいく。

 
 
  • a)上海ワールド・フィナンシャル・センター(左)、金茂タワー(中央)、上海タワー(右)

  • b)東方明珠電視塔をはじめ、超高層ビルが林立する浦東新区
    提供:新建築社

  • c)上海商城
    撮影:西川公朗

  • d)香山飯店(Fragrant Hill Hotel)
    提供:北京香山ホテル有限責任公司
    撮影:戚長軍

     

80〜90年代 アメリカ市場への挑戦

 東アジアでの事業展開が進む一方で、太平洋の対岸であるアメリカ西海岸でも国際化の一翼を担うべく、新たな可能性を探っていく。時代は1980年代後半のことだ。当時TOTOは、アメリカでは日本の商社や現地のディーラーなどを通じて販売を進めていたものの、望ましい成果が上がっていなかった。
 ここで橋頭堡となったのが、特集第2回(2017年春号)でも触れた便器の節水技術だ。水資源に対し高い意識を持っていた西海岸地区で、節水に対するニーズをつかむことができた。それに応えた6L便器(CW703)がインドネシアで生産され、1988年アメリカ市場に投入される。既存の9L便器すらも上回る性能を発揮したCW703は、ロサンゼルス郡のサンタモニカでは公共住宅など多くの新築物件での採用が進んだ。1992年に制定、1994年から施行されたEnergy Policy Act(エナジーアクト法)がさらに追い風となった。国の政策としてトイレ洗浄水は6L(大便器)を規制値とされたのだ。TOTOの世界に先んじた高い技術力が決定的な差別化となり、ブランドの価値をより一層高めることができた。その後、便器の上にタンクを載せた密結型の便器から、よりデザインとして洗練されたワンピース便器でも6L化の開発に成功。アメリカ市場における高級衛生機器メーカーとしての認知・浸透に大きく貢献した。
 アメリカ西海岸の建築は80年代から続くポストモダンの隆盛が続いていた。「ロサンゼルス現代美術館」(設計:磯崎新/1986年・写真e)や「777 Tower」(設計:シーザ・ペリ/1991年)、「サンフランシスコ近代美術館」(設計:マリオ・ボッタ/1995年)といった素材や形状などに多様性を求めた建築が現れていた。一方で、90年代はコンピュータを用いた建築設計が一般化していく幕開けの時代だ。意匠や構造のシミュレーションなどを容易としただけでなく、建築の環境負荷についても設計に折り込んでいくことがやがて必須となっていく。米国人建築家、フランク・ゲーリーによるスペイン北部の「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」(1998年・写真f)は当時の最新CAD技術をふんだんに生かして設計された。不規則かつ複雑な形態の外壁を持ち、脱構築主義のひとつの極致として高い評価を得ている。

  • e)ロサンゼルス現代美術館
    提供:新建築社

  • f)ビルバオ・グッゲンハイム美術館
    提供:新建築社

2000年代 肥大する中国建築のパワーと新しいフェーズ

 2001年7月、IOC総会で2008年夏季オリンピックの北京開催が決定した。それまで上海や他の直轄都市に比べ、保守的で慎重な建築計画が多かった首都・北京でも、オリンピック会場を中心に、世界のスターアーキテクトたちの競演を見られるようになる。通称“鳥の巣”こと「北京国家スタジアム」(設計:ヘルツォーク&ド・ムーロン/2008年・写真g)や「北京国家水泳センター」(設計:PTW/2008年)などは未だ記憶に新しい。
 また民間の大手ディベロッパーの存在も大きくなっていく。中でもSOHO中国は商業施設などを核にした複合開発を多く手掛ける先駆的存在で、「建外SOHO」(設計:山本理顕/2004年)や「三里屯SOHO」(設計:隈研吾/2010年)、「銀河SOHO」(設計:ザハ・ハディド/2012年)など、建築家の創造性を不動産の経済的価値に結びつけた中国における第一人者といってもいい。万里の長城の麓に、坂茂、隈研吾など12人のアジア建築家がおのおのヴィラを設計した「コミューン・バイ・ザ・グレートウォール」(2002年)は国内外で大きな話題となった。
 その他、「中国中央テレビ本部ビル」(設計:OMA/2008年)や「当代MOMA」(設計:スティーヴン・ホール/2008年)など、大胆で強烈な造形・形態を見せ、中国経済のインテンシティーをそのまま感じさせるアイコニックな建築が次々と建てられた。
TOTOは高級水まわり機器メーカーとしてのブランドを確立しつつある中、中国内の10以上の主要空港に採用されるなど、多くの実績を重ね、新しい展開に入りつつあった。水まわりに関するノウハウを用いた、機器にとどまらない空間の提案を現地の設計者にする機会も増えた。
 都市部を中心に多くの人びとは近代的で豊かな生活を営むことができるようになった。しかし今後、中国を始めとして東アジア諸国も日本同様に高齢化社会を迎える。中国を重要な市場として位置付け、早くよりブランディングに努めてきたTOTOだからこそ提案できる付加価値がある。ウォシュレットを筆頭に、人や環境に優しい高度かつ繊細な技術を普及させていく。日本独自のオリジナリティーや文化を伝え広げていくことが、本当の意味でのグローバル企業の役割でもあるはずだ。

  • g)北京国家スタジアム
    提供:新建築社

  • h)中国美術学院象山キャンパス
    撮影:呂恒中

now and future—

 今の中国の建築について少しだけ触れておきたい。経済大国としてアメリカに次ぐ存在となった中国にとって、次に目指すものは文化大国といわれている。建築の分野においても海外から取り入れるのではなく、国内の建築家の台頭が見られるようになった。「中国美術学院象山キャンパス」(2004年、2007年・写真h)などを設計した王澍が、2012年に中国人初のプリツカー賞を受賞。「龍美術館西岸館」(設計:大舎建築設計事務所/2013年)や「績渓博物館」(設計:李興鋼工作室/2013年)といった、新世代の建築家による作品も高い評価を得ている。彼らも「変わるもの」と「変わらないもの」の間から、確実に新しいオリジナリティーを獲得しつつあることが見えてくる。
 現在、TOTOは日本、中国、米州、欧州、アジア・オセアニアのグローバル5極体制を敷いている。
 中でも欧州への本格的な進出は21世紀にはじまる。衛生陶器発祥の地であるとともに、世界でも文化の成熟した地域といっていい。競合も他地域に比べ、圧倒的に多く手強い。しかし、世界の各地で差別化の要素として価値向上に貢献してきた日本ならではの、TOTOならではの技術がある。少ない水で効果的に洗浄できる「トルネード洗浄」などの機能性は高い評価を受けている。またTOTOが日本に根付かせた「ウォシュレット」は、欧州においても新しい文化として根付きつつある。
 英・ロンドン中心部のメイフェアにある五つ星ホテル「ザ・コノート」や、仏・パリのトレンド発信源として高名なセレクトショップ「コレット」などにも納入され、ブランディングの第1フェーズを順調に進みつつあるところだ。
 独・フランクフルトで2年に1度開催される世界最大規模の空調衛生設備に関する国際見本市「ISH(International Sanitary and Heating)」に2009年から出展を続け、5回目となる2017年は1,500㎡を超える展示面積で水まわり総合ブランドとして存在感を示した。
 また、成熟した市場で重視され、厳しい評価にさらされるものがデザインである。世界的に権威のあるiFデザイン賞およびレッドドット・デザイン賞で最優秀賞を受賞したTOTOの水まわり製品は、欧州だけでなく今は中国などでもデザインの評価基準として、大きな影響力を持っている。
 繰り返すが、水まわり製品は人の生活の要として必須である。おおよそ国・地域にかかわらず日々使うものだ。かつて欧州から学び、技術や製品を進化させ、洗練を重ねて、日本は生活文化を向上させてきた。100年の間培ってきた技術をTOTOが次の100年に向けてさらに進化させていく。今度は世界の人びとの日々を新しく、豊かにしていく。これは水まわり製品を通じた、世界の国・地域との文化の交流でもあり、技術やデザインという思想やアイデアの発信でもある。

  • ISH 2017 TOTOブース

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