TOTO

講演会レポート
X=? 本質をとらえる問いと解答
レポーター=小塙芳秀


力強いはっきりとした彼の口調によって講演会は始まり、一瞬にして私たち聴衆はハーバード大学におけるアラヴェナ先生の講義室へとトリップさせられた。
 
講義はまず、彼の設計の軸となる力(Force)の説明より始まった。 Vertical(重力)、Horizontal(地震、津波)、Diagonal (生活習慣)、これらの要素が建築設計において問いを設定し、解答を見出すための基本要素であり、様ざまな建築を取り巻く作用に意識を向けることの重要性について説く。

そして、始めに紹介されたプロジェクトは建築ではなく、ヴィトラ社で制作されたチェアレス(chairless)という作品。パラグアイの先住民アヨレオ族の生活の中で合理的に用いられる「座る為の道具」としての1本の布を応用し、ベルト1本のみをデザインすることで、「4本脚の椅子」といった概念と形態から解放される。問いを極限まで策定することで、名詞としての「椅子」が消え、「座る」という動詞のみが残ると解説し、さらに「私たち建築家は名詞が消える手前で作業を止めがちである」と加える。

問いの所在を突き止めて設定し、様ざまな作用を彼の方程式に当てはめながら、求められているものへの解答を見出すことが彼の思考のプロセスであり、また同時に普遍的課題において物事の核心を探り出すことの重要性を私たちに教示する。

未曽有の被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災、その被害への配慮から、自身のプロジェクトの説明を抑え、インフラストラクチャー、公共空間、交通、集合住宅などを含めた都市プロジェクトを行う行動集団エレメンタル(ELEMENTAL)の活動について多くの時間を割いて話した。2010年2月に発生したマグニチュード8.8のチリ大地震に対する活動と、主にチリ各地で行われているソーシャル・ハウジングの話である。

チリのコンスティトゥシオン市における、わずか100日間での津波対策から集合住宅を含む都市の復興計画、そして貧困層における社会問題に対し建築から改善を試みるソーシャル・ハウジング・プロジェクト。このようにアラヴェナ氏は危機に対して真正面から力(Force)を受け止めて、具体的な解決に踏み込む。あたかも、力を避けながら私的な抽象的解答に偏りがちな社会への警告でもあるかのように、私には感じられた。

エレメンタルのソーシャル・ハウジングへの解答の中で最も特筆すべき点は、市街地に計画していることだ。通常、諸都市においては、移民を含めた貧困層の住宅は都市が拡大されるに従って外へ外へと流れ、街の機能から排除されていく。しかし彼らの政策では、コミュニティへの参加や公共施設へ利用などを考慮して、立地条件が良い市街地の土地を用意している。資産価値が高くなるような場所を選定しているのである。

アラヴェナ氏の問いの設定と解答は、いずれも経済優先主義やエゴイズムの結果私たちが見失ってしまった重要なことを再認識して取り戻す手立てを教えてくれているのではないか。

南米諸国の中では貧困率も低く安定した経済政策を背景にもつチリではあるが、まだ貧困層に対しての多くの問題をはらんでいる。1本のベルトからなるチェアレスと同様にスケールは変わっても、都市や社会問題の核心の所在を見出すことからプロジェクトが始まっている。
 
彼は、講演中にこのような質問を私たち聴衆に投げかけた。

これらのソーシャル・ハウジングにおいて「バスタブとボイラーとでは、どちらが先に必要か?」。そして私たちの多くは「ボイラー」と答えた。私たち日本人にしてみればまずインフラが整っていることが前提になっているが、しかしボイラーを設置するためのインフラもままならず、ガス料金を支払うゆとりもなく、空き缶で水浴びをしているような状況下においては、9割の住民が、まずはバスタブを必要としている。バスタブさえあれば、大切な湯を家族で共有したり、洗濯をしたりできるのである。

通常、ヨーロッパにおけるソーシャル・ハウジングでは、低所得者のためのものとはいえ、最低基準所得があることが前提になっている。エレメンタルが行っているプロジェクトの対象は、1世帯7500ドルで住宅を提供しなければならない現状をもつ貧民層なのだということを認識しなければならない。

スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガゼトは、現代における大衆に内在する危機について論じている。

「今日(こんにち)では、人間はどんなものでも創り出せると考えているが、何を創り出すべきか理解していない。」

「すさまじい欲望とそれを可能にする手段とを手にして出現した大衆は、いかなる時代よりも強力ではあるが、自分だけの世界に閉じこもって何人(なんぴと)にも従属しないという内向的な性質を帯びるようになったのだ。」

アラヴェナ氏のアクションは建築であって、すでに建築の領域を超えている。建築を通して人としてできること、社会へ還元できること、物事の重要性を見出すことで、未来における人間と社会の進歩についての迷いを方程式から削ぎ落として専心する。

東日本大震災以降、私たち日本人も多くのことに対して再考することとなった。問われていることの核心を探る努力を惜しんではいけない。このことが、この講義における最大のメッセージであったに違いない。
小塙芳秀 Yoshihide Kobanawa
1972年
栃木県益子町生まれ
1997年
東京芸術大学美術学部建築学科卒業
2001年
カタルーニャ州立工科大学建築ランドスケープ科修士課程修了(スペイン政府奨学金)
1999~2005年
Arata Isozaki & Associates Spain
2005~2008年
RCR Aranda Pigem Vilalta Arquitectes (文化庁新進芸術家海外留学制度)
2008年〜
建築展覧会企画制作チーム「Anywhere Door」設立
2009年~
建築設計事務所 「KOBFUJI Architects」藤井香とバルセロナにて共同設立

おもな受賞暦


2006年
ソーシャル・ハウジング建築実施コンペ 入選(スペイン、ヴィラファント)
2009年
ラ・アンティグア歴史文化センター建築実施コンペ 最優秀賞(スペイン、スマラガ)
2010年
「ラ・アンティグア歴史文化センター」により第7回武蔵野美術大学建築学科竹山賞

おもな日本現代建築展覧会・講演会企画制作
 

2006年
「Continuity vs. Mutation」(第7回ブカレスト建築ビエンナーレ、ルーマニア、ブカレスト)
2009年
「(IN) Visible Process」 (ポルトガル、リスボン)
2009年
「(IN) Visible Time」(リスボン建築デザインビエンナーレEXPERIMENTA DESIGN、ポルトガル、リスボン)
2011年
東北大地震復興支援建築イベント「We Support YOU」 (スペイン、バルセロナ)
2011年
「RESET 11.03.11#New Paradigms」(第4回国際デザイン・イベントBOOOMSPDESIGN招待参加、 ブラジル、サンパウロ/ブエノスアイレス)

TOTO出版関連書籍
著者=アレハンドロ・アラヴェナ