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Story07 インタビュー

パラリンピックでの多様な人との交流を通し、思い描く未来

story07 パラリンピックでの多様な人との交流を通し、思い描く未来

「多様性と調和」をコンセプトに掲げて開催された東京2020オリンピック・パラリンピック。車いすテニスでパラリンピックに初出場を果たした田中愛美選手に、大会を通して気づいたユニバーサルデザインやバリアフリーへの配慮、障がい者スポーツに携わる一員としての未来の目標などについて伺いました。

  • 車いすテニスプレイヤー
    田中愛美(たなか・まなみ)さん
    中学から硬式テニスをしていたが、高校1年生の時に自宅での転落事故でせき髄を損傷し、両下肢まひに。退院後、高校2年生から車いすテニスを始めた。2019年車いすテニスの世界国別選手権で準優勝した際のメンバー。バックハンドのスライスショットから展開するフォアハンドの強打を得意とする。パラリンピック初出場。

会場は、障がいがある人でも自ら動ける工夫にあふれていた

会場は、障がいがある人でも自ら動ける工夫にあふれていた

田中愛美さん(以下、田中)

 まずは、東京2020パラリンピックでの試合の感想をお聞かせください。

田中:
シングルスは2回戦まで出場してベスト16、ダブルスは初戦敗退という結果でした。シングルスの2回戦で当たったのは、過去に一度も勝てたことのない選手です。直近の試合ではかなり迫ることができていたので今回こそはと意気込んでいましたが、頭から押さえつけられて負けてしまい悔しい思いをしました。でも、パラリンピックという大舞台で、1回戦だけでも勝利を経験できたのは大きな財産になったと思っています。

 会場やその周辺のユニバーサルデザインについて、印象に残ったことはありますか?

田中:
全体的に、車いすのままで自分ひとりでどこにでも行けるような環境が整えられていて、バリアフリーを感じました。会場となった有明テニスの森にも、建物の入り口などにこれまでなかった仮設のスロープが設置されていました。普段は一箇所にしかスロープがなく遠回りしていましたが、階段横にスロープが複数設置されていて、出入りしやすかったですね。

仮設トイレ。入り口にはスロープがあり、内部は車いすで動ける十分な広さ(写真提供/TOTO)

 トイレに関して気づいたことはありますか?

田中:
試合会場となった屋外テニスコートのすぐ横に仮設トイレが設置されていました。男女共用のバリアフリー仕様の個室トイレが2つずつセットになっていました。これまで車いすで入れるトイレはメインの建物にしかなく、敷地の端のコートからだと片道10分ほどかかることもありました。試合会場の近くにトイレがあると、トイレブレイクのときにすぐ行けて便利ですね。 また、選手控室があったインドアコートの建物には、女性用トイレの中に車いすのまま入れる広めのトイレが設置されていました。日本では男性用トイレ、女性用トイレのほかに男女共用のバリアフリートイレがひとつ設置されていることが一般的ですが、海外では今回利用した建物のように、男性用、女性用で分かれた先にバリアフリートイレをよく目にします。個人的には、後者のほうが使いやすくてうれしいです。

 シャワーについてはいかがですか?

田中:
会場のシャワーは使わなかったのでなんともいえませんが、更衣室は段差がなくバリアフリーでした。 選手村の宿泊施設のシャワールームはとても広かったですね。5〜6人部屋で、ビジネスホテルにあるようなユニットバスがひとつ、段差がなく完全バリアフリーのシャワールームがひとつあり、シャワーチェアも設置されていました。障がいがあると入浴に時間がかかるものですが、私にもとても使いやすくて時間を節約できました。

センターコートのシャワースペースは間口、内部ともに車いすで移動可能な広さ。手すりや高さを調整できるシャワーフックが設置されています(写真提供/TOTO)

左/選手村のシャワールームの様子。車いすのままで入れる広さがあり、シャワー用のいすが置いてあります。右/TOTOの病院・高齢者施設向けのシャワールーム「ESシリーズ」の商品画像。※広さのイメージとして掲載(写真提供/TOTO)

多様な障がいのある人が同じ空間にいることによる学び

多様な障がいのある人が同じ空間にいることによる学び

 今回のパラリンピックに対する海外選手の感想を聞いていたら教えてください。

田中:
毎年、福岡で開催される車いすテニスジャパンオープンの際に、海外選手からいつも「こんなに最高の大会はほかにないよ」といった言葉をかけられます。今回のパラリンピックでも、「日本の大会はどの点から見てもすばらしい」「出場できてよかった」と言われました。

 どういったところが好評だったのでしょうか。

田中:
ホスピタリティに関することが大きかったように思います。「ボランティアスタッフの方が常に近くにいて、何かをしようとするとすぐに手伝ってくれたし、バスも時間通りに出発するのでスケジュールが崩れずに済んでよかった」という声を聞きました。 また、車いす1台が乗り込める専用モビリティの評判が良く、SNSにも写真や動画が上がっていました。会場内はとても広いし暑いので、車いすで移動するのは大変です。このモビリティに乗って移動できるおかげで、試合以外の場所で体力を消費せずに済みました。 驚いたのが、スロープを使ってモビリティやバスに乗り込むとき、ボランティアスタッフの方が私のラケットバッグを受け取って先に座席に置いてくれたこと。私たちは車いすを操作するために両手を使うので、膝に置いたラケットバッグを押さえておくことができず、スロープで乗り降りするときはちょっと大変な思いをします。こちらから言わなければわからないような細かなことにも気づいてさっと手助けしてくれる方が多かったのが印象的でした。研修などで事前に勉強してくださったのかもしれませんね。

 日本が会場に決まったときに多方面から心配の声が上がっていた、暑さに対する対策はいかがでしたか?

田中:
海外選手からも「日本の試合で一番辛いのが暑さと湿度」と言われますが、ほかの大会では見たことのない細かな工夫や配慮がなされていました。 とくにありがたかったのが、仮設トイレのエアコンです。屋外に設置された仮設トイレは熱気がこもりがちで、試合で汗をかいているときに入るとクラクラしてしまいます。それが今回はとても涼しくて、クールダウンするためにトイレブレイクを取りたくなったほどです。また、ベンチには冷風の出る扇風機もひとり一台設置されていて、涼しく休憩を取ることができました。

 さまざまな障がいのある方が参加されていたと思いますが、印象に残った出来事などはありますか?

田中:
レクリエーションルームでオーストラリアの陸上選手に英語で話しかけたとき、あまり通じていない様子だったんです。よくよく話を聞いたら知的障がいがある方で、うまく言葉が出てこないようでした。それでもほかの競技の選手と交流しようとされていて、その姿勢に感銘を受けました。 また、手洗い場の蛇口は横にずらすような大きなレバーハンドルになっていて使いやすかったのですが、そのうち数ヶ所には更に大きな板がレバーとして取り付けてあったんです。握力が弱い方、手が不自由な方は、そうした工夫があって初めて自分で水を出せるんだということに気づきました。車いすの場合は何でも低い位置に設置されているほうが使いやすいけれど、一方でしゃがむのが難しい方、腕が短い方などは逆に低い位置にあると使いにくくなってしまうそうで、消毒液もバラバラの高さに設置されていました。さまざまな方が使いやすくするための工夫ですね。 車いすテニスのプレイヤーは下肢に障がいのある方が主で、ほかの障がいの方と接する機会はこれまでほとんどありませんでした。今回、多様な障がいのある人が同じ空間にいることで、私自身も色々な学びがありました。

上下/フランス遠征直前、東京郊外の屋根付きテニスコートで練習中の田中さん

日本はハード面の配慮で、海外はマンパワーで対応する傾向

日本はハード面の配慮で、海外はマンパワーで対応する傾向

 田中さんはさまざまな国に海外遠征をされていますが、ユニバーサルデザインやバリアフリーの工夫について、国ごとの違いを感じることはありますか?

田中:
日本で電車に乗るときは駅員さんに乗り降りする駅を伝えておいて、簡易スロープを出していただきますが、オーストラリアのシドニーや台湾の台北ではホームに車いすマークが記載された場所があり、常駐している係員の方が乗り降りを手助けしてくれました。事前に相談しなくてもぱっと乗ってぱっと降りられるのは便利ですね。ベビーカーも乗りやすいのではないでしょうか。 イタリアのホテルでエレベーターを待っていたときは、先に乗っていた方がさっと降りて場所を譲ってくださいました。それも、もともと降りるつもりだったかのようにさりげなく。乗り込んでから別の階のボタンが押してあるのを見て、「降りる予定ではなかったのに譲ってくれたんだ」と気づきました。普段、日本などでエレベーターの満員が続きなかなか乗れず苦労することがあるのですが、ヨーロッパの方は自然に配慮してくださるのでありがたかったです。 アメリカは何でもスケールが大きくて移動しやすいですね。駐車場が大きいからどこに停めても車いすで乗り降りできるし、ショッピングカートを使うからでしょうか、スーパーなどにも段差がないので助かります。

車いすの後ろにテニスボール用のメッシュバッグを装備。次々にサーブを繰り出していきます

 日本で暮らしていてバリアを感じるのはどういうときですか?

田中:
友達と出かけるときは事前に行く場所について下調べしておかないと、階段があってお店に入れなかったりします。車いすになって間もない頃は入れるトイレがなく諦めることも多かったので、母が地元周辺の多目的トイレマップを作成してくれました。 私自身は筋トレのおかげで体幹がしっかりしてつかまり立ちができるようになったので、ここ数年は普通のトイレも使えるようになり、だいぶ楽になりました。入り口に段差がある場合でも、一段だけなら後ろから押してもらえれば入れます。身体の使い方の向上に伴って、さまざまな場所での対処の仕方も上手くなったのかな、と思います。 ただ、駐車場ではバリアを感じることが多いです。車いす使用者用駐車スペースが少ないし、一般の車がそこに停めているときもあります。入り口に近く便利な場所にあるから、停めたくなってしまう気持ちもわかります。でも、私たちは車いす使用者用駐車スペースが空いていなければ、車いすでの乗り降りができず諦めざるを得ないこともあるんです。普通の駐車スペースでも、「車いすマークがついている車の隣に停めるときは逆側に寄せよう」と意識してくだされば乗り降りできないこともないのですが……。まずはこうした困りごとを知っていただくこと自体が必要なのかもしれません。

 車いすでの経験などから、未来に向けて、日本のまちにどのように変わってほしいと思っていますか。

田中:
日本と海外を比較したときに、大きく見ると日本はハード面を整備し、海外はソフトで対応しようとする傾向があるように感じています。どちらにも良い点がありますが、私は日本のやり方が好きです。海外のようにたくさんの方が「いつでも声をかけてね」と言ってくれて、何かあるとすぐに手を差し伸べてくれるのはすごくありがたいのですが、毎回お願いするのは心苦しくて、かえって我慢してしまうこともあります。 もちろん、誰かに手伝ってもらわなければいけない場面もあるので、障がい者に気軽に声をかける文化があるのはとても助かります。とはいえ、ハード面が整備されていて、自分ひとりで何でもできるようになるほうが私自身は気が楽です。障がいがあっても気負うことなく、普通の25歳の女の子と同じ普通の日常を送れるようなまちになったらうれしいです。

俊敏にコートを動き回る田中さん。車いすで自在に動くための特別なトレーニングも行っているそう

障がい者が自分以外の障がいについて知ること、健常者に歩み寄ることも大事

障がい者が自分以外の障がいについて知ること、健常者に歩み寄ることも大事

 今後、ご自身で取り組んでいきたいことを教えてください。

田中:
車いすテニスをはじめ、障がい者スポーツの普及はとても大事なことだと思います。スポーツを通じて、障がい者が自分以外の障がいについて理解を深めること、また障がい者も健常者もお互いに歩み寄ることができるといいなと思っています。 たとえば、私は今後車いすテニスのジュニア選手を育てていきたいと考えていますが、障がいの程度や内容は人によって異なります。障がいが重く、何度も休憩を挟まないといけないけれど、それをうまく人に伝えられない方もいらっしゃいます。比較的障がいの軽い私がそうした事情を察せずに「やれば何でもできるよ、もっと練習しよう」と言ってしまったら、相手を追い詰めてしまうかもしれません。 一方で、障がいのある子の親御さんが「うちの子は障がいが重いからスポーツは無理」と最初から諦めてしまっている場合もあります。障がいが軽い人と同じようにやることは難しかったとしても、子どもが楽しむ機会や選択肢、可能性を狭めてしまっては良くないと思うんです。「挑戦すればできるかもしれない」ということをもっともっと信じてほしいし、伝えていきたいですね。 また、過去に障がいがあることで嫌な思いをして、「健常者に私たちのことなんてわからない」と一線を引いている方もいます。障がい者スポーツを知るために車いすテニスの体験に来てくださる健常者に対して辛く当たってしまったり……。そうすると、残念ながら溝が深まるばかりです。歩み寄ってくださる方に対してこちらからも歩み寄り、お互いに良い関係性を築く努力をする。そういう意識を持つことが大事なのではないでしょうか。 今回のパラリンピックも、たくさんの方が中継を見て応援してくださいました。「障がい者を理解しようとしている人、障がい者が生きやすくなるように努力してくれている人はたくさんいるよ、私たちもその気持ちに応えようよ」とお伝えしたいです。 健常者と障がい者の相互理解を進めるために、テニススクールに車いすテニスの時間をつくりたいと考えています。隣のコートで練習をして、ときどきラウンジで一緒になるような。お互いが隣にいることが当たり前の環境がもっと身近にあれば、共生社会は実現していけるはず。そうした環境をつくり発信していくことが、障がい者スポーツを前線で行なっている私のような人間の役割ではないでしょうか。

編集後記パラリンピックに出場したばかりの選手に、各施設の使い勝手などについて伺うという貴重なインタビューとなりました。そこからは競技場はもちろんシャワーなどの水まわり、移動手段においても、千差万別の障がいに対応すべく、きめ細かくユニバーサルデザインの工夫がなされていることが伝わり、選手の方々はもちろんパラリンピックを計画してきた方々の配慮と努力がしのばれました。そうしたユニバーサルデザインや関わった方々の配慮を、オリンピック・パラリオンピックイヤーだけでなく、普段の何気ない生活の中でふと思い出し個々が実践することが、ダイバーシティの意識の浸透に繋がるのではないでしょうか。田中愛美さん、今後の活躍が楽しみです!編集者 介川 亜紀

写真/鈴木愛子(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀  2021年11月19日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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