ふたつの案が同時進行
作品/「笹目町の家」
設計/手嶋保
通り土間のようなテラスが玄関からのびる住宅。マイナーチェンジされた複数案の検討ではなく、ふたつの方向性の異なる案がお互いに刺激しあいながら、同時進行された。
取材・文/伏見唯
写真/藤塚光政
心安く住めることが第一
ご家族が心安く住める家。手嶋保さんに住宅の設計主旨を聞くと、いつもこの答えが返ってくる。「心安く住める」という環境は、住宅ならばほとんどいつも求められることだろう。いわば住宅のひとつの本質ということでもあるが、もちろん簡単に実現できるものではない。それでも手嶋さんは臆することなく本質を語る。しかも言葉だけではなく、手嶋さんが設計した住宅を訪れ、たとえば、まるで行灯(あんどん)が室内につくり出したかのような陰影や、数寄屋の小間と広間に通じる空間の大きさの絶妙な緩急に接すると、その言葉に偽りはない、と納得することができる。建築が力をもちながら、その建築のことを多くは語らない姿勢には、師にあたる吉村順三の影が見え隠れする。
「笹目町の家」でもまた、手嶋さんは「心安く住める」ことが第一の設計主旨だと言う。光が抑えられた室内から、緑と水路の小さな庭と向き合うと、枕木の塀が視線をさえぎっているにもかかわらず、緑陰のためか自然との接点を感じることができ、また玄関からまっすぐにのびる通り土間のようなテラスには、京都の「哲学の道」を想起する、ある種の静謐さがただよっている。そしてテラスの先には1坪の書斎。生活から離れた対岸にイマジネーションの世界が醸出しているようだ。
確かに手嶋さんの言葉のとおりだと感じたが、よい住宅であるだけに、もう少し具体的な設計主旨を知りたいと思う。野暮だと一蹴されることを覚悟して、設計のプロセスをひも解いてみた。
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