特集4/ケーススタディ

新しい素材への挑戦

 このような南北でまったく対比的な空間構成を可能にしているのが、大胆な構造計画だ。北側に2列、幅(桁行)2.5mの間隔で柱を立て、そこから南側に6m近くも、2階床スラブと屋根を張り出している。キャンティレバー先端の垂直部材は1階に2本あるが、2階にはない。荷重が少なく、鉄骨造であるとしても驚きに値する。
 設計の要点のもうひとつが、屋根、内外の壁、天井、軒裏、テラス床の全面を覆う防水塗装(J・P・テックコート)である。船舶用の塗装で、耐候性に富み、変位追従性にきわめてすぐれている塗装とのこと。下地合板のサンドペーパー処理は大変だが、後はシームレスに塗りまわして終わり。防水はこの一層のみ。目地不要、端部も入隅部も特別な処理は不要。エッジがきいた形なのに、ディテールが完全に消えてしまう不思議。2階のテラスに出ると、まるで白い漆喰で塗りまわしたミコノスの家のよう。
 当初、外壁はガルバリウム鋼板とする案が有力だったというが、勤務先で先端素材の扱いに通じている施主のほうから、新しい素材への挑戦が促されたという。たどり着いたのがこれまで建築には一度も使用されたことのない船舶用の塗装で、佐賀にある工場に何度か通って確認し、使用することにしたそうだ。その決断が、屋根の著しくシャープな形を可能にした。
 この家にエアコン設備はない。冬はそれなりに寒く、夏はそれなりに暑い。住まいにも寒暖があって当然、自然の気候とともに生きていることを実感できるのが大切と施主は言う。谷尻さんは、この点を含めて、問題を隠したり先送りしたりせず、何事も施主と話し合い、徹底的な意思の疎通を図ったという。「施主にとって家を建てるのは人生の一大事。信頼し、何事も相談できる人でないと設計をまかせようという気にならないだろう。それは設計者にとっても同じ。多くの時間を費やし、全力でやるのだから、この人のためならやろうと思えなければ、設計できない」。こうした関係がある限り、立ち現れる制約や障害は決してプロジェクトの進行を阻害せず、むしろ適切な解を見出す重要なきっかけを与えてくれるという。そこからシンプルでありながら合理的で、なお思いもかけない魅力を伴う解が引き出されてゆく。だから谷尻さんの設計した建物は、表面的には一定のスタイルに収まらず、大きな振幅を見せて止まないのである。

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