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TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三
 
TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三
監修=岸和郎、原研哉
編著者=豊川斎赫
発行年月=2015年1月
体裁=310×270mm、上製、252頁、和英併記
ISBN=978-4-88706-347-1

ブック・エディトリアルデザイン=原研哉+中村晋平(日本デザインセンター)

定価=本体15,000円+税
TOTO出版創設25周年記念出版
TOTO出版は、TOTO株式会社の文化活動として1989年に活動を開始し、以来、建築・デザイン・生活文化をユニークな視点でとらえた書籍を約300冊発行してまいりました。このたび、創設25周年記念出版として『TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三』を2015年1月22日に発行します。

本書では、丹下健三が、処女作である「広島平和会館原爆記念陳列館」(1952年)を手掛けていた1940年代後半から初期代表作のひとつである「香川県庁舎」(1958年)が完成するまでの10年間(1949~59年)に、丹下自らが撮影した35mmフィルムのコンタクトシートを通して、丹下健三の建築家としての初期像を探ります。

この10年間に撮られた2,000枚を越えるカットは、コンタクトシートに焼かれ、丹下の手によってプロジェクトごとに分類され、丁寧に写真台紙に貼り付けられて保管されていました。そこに写っているのは、自身の作品のみならず、桂離宮・龍安寺をはじめとする日本の伝統建築や外遊中に見たミケランジェロやル・コルビュジエの作品、海外の建築家たちとの交流の記録であり、それらが若き日の丹下に大きな影響を与えた建築や出来事であったことが窺われます。

コンタクトシートには、ところどころに丹下の手によるトリミングラインや印が記されており、「世界のTANGE」になる前の一建築家としての丹下が、建築とどう対峙していたかを読み取ることができます。これら80枚にもおよぶコンタクトシートは原寸で再現し、丹下の足跡から6つのグループに章立てされ、各章末には当時の丹下の言説も再録しています。また、丹下がトリミングした写真はライン通りに引き伸ばされ、丹下の写真に込めた意図が明らかにされています。さらに巻頭論文では、この時期に丹下が4回にわたって外遊した足跡を追いながら、本書に収められている時代から「世界のTANGE」になっていく経緯が述べられ、丹下建三の立脚点を明らかにしています。

没後10年目に刊行される本書は、丹下建三をひとりの建築家として、私たちの身近な存在に引き戻してくれるこれまでになかった一冊であり、新たな丹下建三の歴史的資料としても大きな価値を有するものであると言えます。

※コンタクトシート:写真フィルムを印画紙に密着させて原寸プリントしたもの。
立ち読み
プロフィール
丹下健三 Kenzo Tange
建築家、都市計画家。1913年大阪府生まれ。1938年東京帝国大学工学部建築学科卒業後、前川國男建築事務所に就職し、岸記念体育会館等を担当。退職後、東京帝国大学大学院に入学し、大東亜建設記念造営計画設計競技にて1等となる。戦後、東京大学建築学科助教授となり、丹下研究室内で独自の都市解析を進める傍ら、戦後日本の復興を象徴する数々の公共建築の設計を手がけた。この間、丹下研究室から大谷幸夫、下河辺淳、槇文彦、神谷宏治、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生といった、多くの著名な建築家、官僚が輩出されたことでも知られる。
1974年東京大学を定年退職後、中近東、アフリカ、ヨーロッパ、シンガポールなどで広大な都市計画、超高層計画を実現し、「世界のTANGE」と呼ばれるに至った。代表作に広島平和記念公園、東京都庁舎、香川県庁舎、国立屋内総合競技場(代々木体育館)、東京カテドラル聖マリア大聖堂、山梨文化会館、日本万国博覧会フェスティバルプラザ、アルジェリア・オラン総合大学、ナイジェリア新首都計画、新東京都庁舎などが挙げられる。主著に『丹下健三:一本の鉛筆から』(日本図書センター 1997)など。
監修者プロフィール
監修 岸 和郎 Waro Kishi
建築家。1950年神奈川県生まれ。京都大学大学院工学研究科建築学専攻教授。1993年~2010年、京都工芸繊維大学にて教鞭をとる。その間、カリフォルニア大学バークレー校、マサチューセッツ工科大学で客員教授を歴任。2010年から現職。1993年、日本建築家協会新人賞、1996年、日本建築学会賞など、受賞多数。
監修 原 研哉 Kenya Hara
デザイナー。1958年生まれ。武蔵野美術大学教授。独自の視点から日常や人間の諸感覚に潜むデザインの可能性を提起。近年は「観光」「家」「新素材」「移動」などから、新たな産業ヴィジョンの構想に注力している。2011年に北京を皮切りに個展を中国に巡回。主著に『デザインのデザイン』(2003年、岩波書店)、『日本のデザイン』(2011年、岩波書店)。
編著者 豊川斎赫 Saikaku Toyokawa
建築家、建築史家。1973年宮城県生まれ。国立小山工業高等専門学校建築学科准教授、芝浦工業大学大学院非常勤講師。工学博士、一級建築士。東京大学大学院工学系建築学専攻修了後、日本設計を経て現職。丹下健三生誕百周年プロジェクト(瀬戸内国際芸術祭2013)実行委員。著書に『群像としての丹下研究室』(2012年、オーム社、日本建築学会著作賞)など。
目次

丹下健三と出会うこと  岸 和郎

丹下健三略歴

丹下健三が見た丹下健三:1949─1959   豊川斎赫


I 都市のコアと建築のコア
広島平和記念公園
随筆 五万人の広場《広島ピース・センター完成まで》  丹下健三
東京都庁舎
随筆 都庁舎への疑問に答える  丹下健三


II 大空間への挑戦─広島子供の家、愛媛県民館、図書印刷原町工場
広島子供の家
愛媛県民館
図書印刷原町工場
対談 古い構造を「流行」に仕立てる  丹下健三・坪井善勝


III 伝統との対峙─住居(自邸)、桂離宮、龍安寺
住居(自邸)
座談会 特集:現代建築  丹下健三、清家 清、吉阪隆正、勝見 勝
桂離宮
龍安寺
随筆 グロピウスの残した余韻  丹下健三


IV RC表現の模索─倉吉市庁舎、墨会館、今治市庁舎・公会堂
倉吉市庁舎
墨会館
今治市庁舎・公会堂
随筆 無限のエネルギー:コンクリート  丹下健三


V 外部との交流:グランドツアーと舞台芸術
初めてのイタリア
サンパウロ・ビエンナーレ
報告書 ビエンナーレ展の焦点  丹下健三
ミラノ
インド
随筆 無限のエネルギー:コンクリート  丹下健三
「法隆寺」の舞台装置
随筆 舞台装置処女作─「法隆寺」の舞台装置を終えて─  丹下健三


VI 50年代を統合する建築から60年代へのプロローグ
香川県庁舎
随筆 香川県庁舎  丹下健三
MITでの設計講義
論文 建築・都市について II. TechnologyとHumanity  丹下健三


資料と年表から読み解く丹下健三の1950年代
年表――戦後から東京オリンピックまでの丹下健三を取巻く3つの位相
海外渡航の旅程詳細と関連資料について


グラフィックデザイナーが見た丹下健三  原 研哉


略歴・クレジット・参考文献

関連書籍
丹下健三
著者=ジョン・ピーター
翻訳者=小川次郎、小山光、繁昌朗

CDおよび本文収録インタビュー=アルヴァ・アアルト、マルセル・ブロイヤー、ヴァルター・グロピウス、フィリップ・ジョンソン、ルイス・カーン、ル・コルビュジエ、ルードヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ、ピエール・ルイジ・ネルヴィ、リチャード・ノイトラ、オスカー・ニーマイヤー、J.J.P.アウト、イオ・ミン・ペイ、エーロ・サーリネン、ホセ・ルイ・セルト、丹下健三、フランク・ロイド・ライト

本文収録インタヴュー=ピエトロ・ベルーシ、カール・コッチ、マルク・ソージェイ、マックス・ビル、前川國男、ポール・シュワイカー、オズワルド・アルトゥール・ブラッケ、エリオット・ノイエス、ルドルフ・シュタイガー、ゴードン・バンシャフト、ファン・オゴールマン、エドワード・デュレル・ストーン、フェリックス・キャンデラ、エンリコ・ペレスッティ、マルティン・ヴェガス、エドアルド・カタラーノ、ジオ・ポンティ、カルロス・ラウル・ヴィジャヌエヴァ、マリオ・キャンピ、L.L.ラドー、ポール・ワイドリンガー、エドガルド・コンティーニ、ラルフ・ラプソン、フィリップ・ウィルJr.、ヴィレム・デュドック、アントニン・レーモンド、ウィリアム・ワースター、R.バックミンスター・フラー、アフォンソ・エドアルド・ヘイジー、ミノル・ヤマサキ、ホセ・ミゲル・ガリア、マルセロ・ロベルト、吉村順三、ブルース・ガフ、エルネスト・ロジャース、チャールズ・グッドマン、アルフレッド・ロート、ヴィクター・グルーエン、ポール・ルドルフ、ヘルムート・ヘントリッヒ、マリオ・サルヴァドーリ、アルネ・ヤコブセン、トマス・サナブリア
関連展覧会
関連講演会
2015年3月22日(日)|建築会館ホール
パネリスト=岸 和郎、北山 恒、内藤 廣、土居義岳、山梨知彦、米田 明
モデレーター=豊川斎赫