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vol.42 インタビュー企画 TOTOの優しさをつくる人たち-第11回 開発者 藤田雅子さん

神奈川県茅ケ崎にあるR&Dセンター(UD研究所)の前にて

vol.42 インタビュー企画TOTOの優しさをつくる人たち-第11回 開発者 藤田雅子さん

神奈川県茅ケ崎にあるR&Dセンター(UD研究所)の前にて

武器はモーションキャプチャ。人間工学の視点からユニバーサルデザインを追究

今回お話を伺ったのは、UD研究部で福祉機器の研究開発を行う藤田さん。
モーションキャプチャを活用し、人間工学の視点から「本当の使いやすさ」を追究しています。
トイレでの高齢者の立ち座りをサポートする「前方ボード(スイングタイプ)」を例に、
その研究について教えていただきました。

介護現場で聞いた「前かがみで立ちやすくなる」という説を実証

介護現場で聞いた「前かがみで立ちやすくなる」という説を実証

―――藤田さんは福祉技術研究グループに所属されていますが、どんな仕事をされているのでしょうか。

私の部署では、高齢者向け福祉機器の研究開発を行っています。人の動きを詳細に分析して、まずは適したサポート方法を考え、さらにそのために必要な機器を検討するのが私の仕事です。

―――研究開発を担当された「前方ボード(スイングタイプ)」の特徴を教えてください。

「前方ボード(スイングタイプ)」は、腰掛便器へ立ち座りする動作や、立っているとき、座っているときの姿勢を安定させ、転倒のリスクや介助者の負担を軽減する役割を担う機器です。ボード部分は水平方向に動いて、4カ所で固定できます。また、使う人の握りに配慮した丸みのある形状、腕をつきやすい幅広の形状が特徴ですね。

―――どのような背景から、開発が始まったのでしょうか?

手の握る力が弱くて、縦型の手すりだけでは立てなかった方でも、ちゃんと立てるようになる支えをつくりたい、と考えたのが開発のきっかけです。

近年、介護の業界では、足腰の弱っている方でも「前かがみの姿勢をとると立ちやすくなる」と言われ始めています。介護士の方は、「縦型の手すりだけだとすがるような格好で不自然に立つことになり、自然な前傾姿勢が取れず、足の力の回復につながらない」とおっしゃっていました。実際の介護現場では、前方に机などを置き、腕をついて立ち上がってもらうようにしているそうです。そこで、腰掛便器での立ち座りのときに前傾姿勢を取りやすく、かつ立位・座位の保持もサポートする製品をつくろうと考えました。

藤田雅子さんポートレート総合研究所 UD研究部 福祉技術研究グループ 藤田 雅子さん芝浦工業大学大学院で機械工学を専攻。2008年に入社後、人間工学を用いた福祉機器の研究に従事している。4歳、1歳の二児の母

商品写真 左:便器への立ち座りの動きや、立っているとき、座っているときなどの姿勢を安定させる「前方ボード(スイングタイプ)」/右:水平方向にスイングして、4カ所でロック可能。位置を変えることで、立ち座り、座位保持などさまざまなシーンに対応する。寸法は200ミリ×670ミリ(写真:TOTO)

―――開発の際、モーションキャプチャはどのような目的で使いましたか。

今回は、介護士の方がおっしゃっていた「前かがみになると立ちやすくなる」ということが、どういったメカニズムで起こるのか確認するために使用しました。 モーションキャプチャは、人の体の数カ所に反射マーカーをつけて赤外線を照射し、2台以上のカメラで撮影して、体の動きの過程をデジタル的に記録する技術です。反射マーカーにカメラの方から赤外線を照射すると白く光ります。その反射光をデータとして取り込むんですよ。これによって、人が普段何気なく行っている動作が可視化されて、分析しやすくなります。

テストでは、被験者に「支えなし」「縦手すり(I型手すり)」「アームレスト(肘掛型手すり)」「前方ボード(スイングタイプ)」のそれぞれで立ち座りの動作をしてもらい、どのくらいの角度の前かがみで立ち上がっているかを見ました。また、このとき、足裏に圧力を計測する機器を置き、足首、膝、腰にどの程度負担がかかっているかというデータも取りました。

動きを観察1動きを観察2TOTOのUD研究所内にトイレ空間を再現し、実験を行った。約12台のカメラを設置し、動きを観察する

モーションキャプチャの様子 左:腕や足など、体の動きを見たい箇所に反射マーカーをつけている。今回使用したマーカーの数は約20個
右:前方ボード(スイングタイプ)を使用した際の、車いすからの移乗のしやすさも確認した

介助が必要だった方も、ひとりで立てるように

介助が必要だった方も、ひとりで立てるように

―――結果はどのようなものでしたか?

縦手すりを使うとき、人は片手だけにぐっと力を入れ前傾はあまりしないで真っすぐ立ち上がります。アームレストは両手を使いますが、やはり前傾はあまりしません。しかし、前方ボードがあると前に手をついて押し上げるように立つため、自然に前傾姿勢が取れるんです。健常者が手すりなしで立つときと同じ、60度に近い角度になっていました。

座るときも、縦手すりの場合は膝が折れるように“ドスン”と座ってしまうのに対して、前方ボードではゆっくりと腰を下ろせる、ということがわかりました。

また、肩に反射マーカーをつけて天井から撮影し、立ち座りの時に体をどの程度ひねってしまっているかを確認しました。体を横にひねりながら立つとバランスを崩しやすいので、ひねり角度はできるだけ小さいほうが望ましいんです。縦手すりを使うとひねり角度が43度になるのに対して、前方ボードを使ったときは1〜2度という結果が出ました。これも、健常者が手すりなしで立つときとほぼ同じです。

立位の支持縦手すりを使ったときの前傾角度は45度だが、健常者が手すりなしで立ち上がる場合と前方ボードを使った場合は60度という結果が得られた(資料:TOTO)

―――足腰への負荷、という点ではどんな結果が得られましたか。

前方ボードを使い体が前傾姿勢になると、重心がスムーズに両足に乗るので、負担を減らすことができます。実験で、股関節や腰、膝などの関節にかかる負担量を算出したところ、負荷が少なくなっていることが確認できたんです。それで、支えとして充分に機能しているという確信が持てました。

―――ボード部分のサイズは、使い勝手とどのように関わっていますか。

まず幅についてご説明しますね。商品企画の初期段階では150ミリ幅の予定でした。幅が狭いほうが、すっきりと壁面に収納できるからです。でも、実際に腕を置いた状態でさまざまなサイズでの圧力を測定してみると、150ミリでは掌でしか力が掛けられないこと、一方、200ミリあれば肘から掌までボードに載せられるので、腕にも力が掛けられることがわかりました。力を掛けられる範囲が増えると、立ち上がりの際も安定します。150ミリで開発の話が進んでいたのでびくびくしながら「200ミリに変更したい」と提案したのですが、幅広にしたときの効果を視覚的に表現できたのですんなり変更が通りました。ほっとしたのを覚えています(笑)。

―――ボードのこの独特の曲線は、どういった理由から導き出されたのでしょう?

どの位置からもまっすぐに手がかけられるように、です。直線の長方形だと、スイングした位置で便器から使う場合、片方の腕を曲げなければいけなくなります。そうすると、バランスが悪くなってしまうんですね。介護士の方に「介護度が重い方はちょっとバランスが崩れるだけで立てなくなるから、長方形じゃダメだよ」と厳しいご指摘があり、改めて形状を検討した結果、今の曲線にたどりつきました。形状について指摘してくださった介護士の方からも、「これなら大丈夫」とお墨付きをいただきました。こうした経験を積み重ねて、介護の現場で実際に使われる方の声を聞くことは、とても重要だと考えています。

―――開発後もモーションキャプチャやビデオ撮影で、製品の確認をされたそうですね。

はい。開発前と同じ実験をして、企画当初に設定した狙いが製品に実現できているかどうか確認しました。

介護士に介助の模擬動作をしてもらって天井から撮影したビデオで分析したところ、縦手すりの場合は両足と縦手すりの3点で立位を支えていますが、前方ボードを併用した場合ですと、両足、縦手すり、前方ボードの4点支持になり、支持基底面が拡大することも分かりました。支持基底面というのは、床や壁、手すりなど体を支えるものに触れている点を結んだ面積のこと。
この基底面から使用者の重心がずれると転倒してしまいます。つまり、この面積が広くなると、立っている姿勢を保ちやすくなるんですよ。

また、老人ホーム等に持ち込み、実際に使っていただいてアンケートを取りました。通常の手すりでの立ち上がりが困難だった方が「これを使えば自分ひとりで立ち上がれる。うちにも取り付けたい」とコメントをくださったり、介護士の方が「介助が楽になった」と喜んでくださったりと、評価は上々でした。嬉しかったですね。

真上からどの位置からもまっすぐ手が掛けられるようにボードの丸みをつけている(写真:TOTO)

真上から左:縦手すりの場合は3点で体を維持するため不安定/右:前方ボード(スイングタイプ)の場合、黄色で示した4点で立位を支持できる(資料:TOTO)

―――最後に、モーションキャプチャを活用した今後の取り組みを教えてください。

これまでは、ある程度製品の完成形が見えた段階で、その有効性を確認するような使い方をしていました。今後は、まだ完成形が見えていない段階で、モーションキャプチャで日常的な動作を1から分析して、製品を企画していきたいと思います。

―――人間工学やモーションキャプチャの進歩に伴って、藤田さんのチームが研究されているさまざまな高齢者向け福祉機器が進化していくのですね。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

編集後記 今回はモーションキャプチャという、人物や物体の動きをデジタルで捉える先端技術を活用した製品開発にスポットを当てました。モーションキャプチャを通じて、一見単純に見える排せつやその前後の動作も、実は、全身が思いのほか複雑な動きをしていることが明らかになっています。足腰に痛みがあるだけでも、動作がしにくくなるのはそのためなのですね。今後身体の動きについてデータが徐々に積み重ねられ、より幅広いユーザーにとって使い勝手のよい製品が生まれること、間違いありません。
なお、今回ご紹介した「前方ボード(スイングタイプ)」は、2016年10月12日からスタートする国際福祉機器展 H.C.R.2016のTOTOブースにて展示いたします。ぜひご覧ください。 ネオレスト/スティックリモコン 日経デザイン 介川 亜紀

写真/鈴木愛子(特記以外) 取材・文/飛田恵美子 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年10月12日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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vol.43は、2016年11月21日公開予定。

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