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ホッとワクワク+(プラス)

vol.40 快適な動作・動線の待合空間をつくるロビーチェア

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部 商品企画グループ 松下早苗氏

vol.40快適な動作・動線の待合空間をつくるロビーチェア

コクヨの東京ショールーム・プランニングフロアにて

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部 商品企画グループ 松下早苗氏

――多くの人にとって居心地のいい待合空間とは?――
理想の心地よさ、使い勝手を実現するべく、コクヨ株式会社は、障がいのあるユーザーと一緒にロビーチェアの開発に着手。
完成した「Madre(マドレ)」はシンプルでおしゃれでありつつ、役所などの待合空間で立ち座りや移動をしやすくする工夫が満載です。
その開発秘話を企画開発・基本設計を担当した松下早苗さんに伺いました。

”ユーザー参加型ワークショップ”から生まれたロビーチェア

”ユーザー参加型ワークショップ”から生まれたロビーチェア

―――まず、Madreの特徴を教えてください。

いちばんの特徴は座面の端をラウンド型にし、背もたれをなくしたことですね。この部分をサイドラウンドシートと呼びます。従来のロビーチェアはわざわざ前に回って座らなければいけませんでしたが、ここにはどんな方向からでもさっと腰掛けることができます。赤ちゃん連れのお母さんがベビーカーをそばに寄せて座ったり、車いす使用者がアプローチして座面に荷物を置くシーンも想定しています。
肘掛けは薄く短くして、ひとり分のスペースを仕切る位置に取り付けました。隣の人との境界線になるので、心理的に中央の席にも座りやすいと思います。自然と手を添えられる位置にあり、立ち座りのときにぐっとつかんで身体を支えられます。 また、足腰の弱い方は、「一度座ると立ち上がるのが大変」とおっしゃいますので、立ち座りのしやすさも追求しました。実は人は立ち上がるとき、座面下のスペースに足を引くんですよ。ですから、座面の端を斜めにカットして足を入れやすくしています。

住戸外観

向かって右端がサイドラウンドシート。脚はスチール製と木製の2種類。内装に合わせるためカラーバリエーションを豊富に用意

吉田明弘氏

松下 早苗氏(まつした さなえ氏)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部 ものづくり本部 医療VT 商品企画グループ
千葉大学工学部デザイン工学科卒業後、2002年コクヨ株式会社に入社。
10年間いすを中心とした商品開発に携わり、12年から医療市場のマーケティング、商品企画を担当。Madreは商品開発時代、最後に担当した商品

吉田明弘氏松下氏の趣味は3年前から始めたトライアスロン。4月にロングレースである宮古島大会で完走を果たし、ますますトライアスロンの魅力にはまっている(提供:松下早苗氏)

―――開発の経緯を教えてください。

コクヨでは以前から待合空間向けロビーチェアを製作していましたが、「ユーザーにとって本当に使いやすいものになっているか」という疑問を抱いていました。そこで、製品デザインを専門とする教授に監修していただき、センシティブユーザー(※)の意見を聞きながら改めて、ロビーチェアの課題を見つけて解決策を探ることにしたのです。車いす使用者や視覚障がいのある方、片麻痺のある方などにご協力いただき、3日間のワークショップを行い主な改良点を浮き彫りにしました。
(※)センシティブユーザーとは、行動や動作、知覚に制限があり、使いにくさに敏感な一般利用者のこと

―――ワークショップではどんなことをされたのですか?

コクヨのショールーム内に仮想の待合空間をつくり、ユーザーの皆さんに窓口付近での動きを再現していただき、どんな場面でどのような困り事があるのかを観察しました。
たとえば、片麻痺のある方は真ん中の席に座るのを躊躇する行動をとられました。そこに座るため、人の前を通る際に持っている杖が当たったり、自分の足が引っ掛ったりしてしまうからなんです。一方、サイドラウンドシートに座っていると、前を人が通るときにすっと身体ごと横を向けるので、そういった心配はいりません。

住戸外観

肘掛けは「座るときにお尻にあたる」という声から、座面の奥行きよりも短めに設定。自然と手を置ける位置にあるので、立ち座りのときにつかみやすい

電動車いす’WHILL’

行政窓口や病院の待合室といった多様な人が訪れる場に導入されているMadre。背もたれが低いため、空間に開放感が生まれる。写真はさいたま市南区役所(提供:コクヨ)

リフト

開発に向けたワークショップの様子。実際にチェアに人が座った状態で、車いす使用者に動いてもらった(提供:コクヨ)

センターハウス外観

日本人は隣の人と間隔を空けて座る傾向がある。Madreは小ぶりの肘かけがあるので隣に座っても抵抗感がない。窮屈さを感じない最低限の寸法に設定した

―――それぞれ異なった悩みがありそうですね。

一部の車いす使用者は「どこで待つか」を悩んでいらっしゃいました。人が通る場所にいると邪魔になるし、かといって車いす専用の場所があることが必ずしも嬉しいわけではないといいます。専用の場所は、車いす使用者がいないときは無駄なスペースになってしまうので申し訳なく感じるそうです。
現在、導入先の自治体窓口や病院の待合空間には、3人掛けと4人掛けのMadreを組み合わせて置く提案をしています。そうすると1人分の何もない空間が生まれますよね。そこは自然と車いす使用者の居場所になるし、ベビーカーや大きな荷物を置くなど一般の方も使えるスペースにもなるんです。

―――Madreは従来のロビーチェアよりも小さい印象です。

はい。従来のものよりも約15%ほどサイズを小さくしたので、同じ3人掛けを2台並べてレイアウトした場合、約40cm広い通路幅を確保できます。車いす使用者と歩行者がゆとりを持ってすれ違えます。従来品よりコンパクトな設計になっていますが、肘掛けが仕切りになるため座る人数は変わりません。
また、背もたれはあえて低く、座面の奥行きは短くしました。全体的に大きめのサイズのほうが落ち着いて座れるのですが、障がいのある方は待合空間でいすにゆったりともたれかからない方が多いんです。「窓口から呼ばれたときにもたもたすると迷惑」という気持ちから浅く腰掛けるんですね。
調べをすすめると、実は障がいのない方も動きやすさを求めていることがわかりました。待合空間では、「いつ窓口から呼ばれるかわからないからすぐに動けるようにしておきたい」「早く用事を終わらせて帰りたい」と無意識のうちに思っている。だから、座り心地よりも、すぐに次の動作に移れることを優先しました。ユーザーの皆さんと一緒に時間を過ごして、たくさんの気づきを製品に落とし込むことができました。

―――こうした開発プロセスは以前から行っていたのですか?

いいえ、コクヨにとって初めての試みでした。それまでは企画担当者が考えたものを開発が形にし、営業が売るという流れで、役割によって完全に分業になっていて、一堂に会する機会が少なかったんです。しかし今回は、企画・開発・営業それぞれの担当とユーザーがワークショップを通じて対話し、同じ場を共有することで、同じ問題意識を持つことができました。営業担当者も製品のコンセプトをきちんと理解して説明してくれるので、お客様に魅力が伝わりやすいように思います。Madre以降、新製品の開発のときはこうしたプロセスを経ることが社内で一般的になりました。
印象に残っているのが、ワークショップのときにあるユーザーさんから「こうしてメーカーから呼ばれて意見を言うことはよくあるけれど、実際に反映されることはほとんどありません」と言われたこと。それを聞いて私たちは「絶対に商品化するぞ」と意気込みましたし、完成したときはユーザーさんも一緒になって喜んでくださいました。

センターハウス外観

松下氏がMadreの導入現場を見に行ったところ、サイドラウンドシートに横向きに座っている人がいたそう。「想定通りの使い方をされていたので嬉しくなりました」

モノが持っている障害を減らすことが、幅広いユーザーに対応する製品のヒントに

モノが持っている障害を減らすことが、幅広いユーザーに対応する製品のヒントに

オールインワンの水まわり

サイドラウンドシートは車いすの方もさっと荷物を置ける形状

キッチン

どの方向からでも立ち座りしやすいように座面をラウンド型にし、端面を斜め(内側)にカットした

―――機能性の高さにも関わらず、とても優しいイメージに仕上げたのですね。

「尖った部分を見ると心理的に不安になる」という声があったので、気持ちが和らぐような角がない形状にこだわりました。Madreはイタリア語で「お母さん」という意味です。「待合空間を、すべての人が安心して心地良くいられる場所にしたい」という想いを込めて名づけました。
ただ、場所によってはもう少し重厚感のあるロビーチェアが求められるので、新しく「Padre(パドレ)」というシリーズも発表しました。こちらは「お父さん」という意味です。立ち座りのしやすさやサイドラウンドシートなど基本的な形状はMadreを踏襲しながら、横幅を広く取って直線的なデザインにしています。Madreのさまざまな要素は、今ではコクヨのロビーチェアの考え方の基本になっています。

―――Madreを導入した現場からの評判はいかがですか?

自治体の窓口を想定して開発しましたが、同じく多様な人が訪れる病院からも好評を得ています。半々、あるいは多少病院のほうが多いかもしれません。小さなクリニックから大病院まで多数の実績があります。導入時は、待合空間の内装に合わせてカラーリングのプランを提案することもあります。弱視の方は色が似ていると物と物の境目を認識しづらいので、床の色とMadreの色とにメリハリをつけるなど、空間構築の提案も合わせて行っています。

―――2012年にはドイツの「Universal Design Award 2012」を受賞されていますね。

ええ。私たちはMadreを「センシティブユーザーの方にとって使い勝手のいいものは、大多数の人にとって使いやすいものになる」という考え方のもとで開発しました。ぱっと見は普通のシンプルなロビーチェア。でも、実は多様な人が使いやすいように工夫が散りばめられていて、説明しなくてもユーザーが自然と周囲の人に配慮した所作を取れる。そういったさりげなさを大事にデザインしました。

―――ユーザーの動作だけでなく、気持ちの動きを反映した製品なのですね。自治体、病院以外の公共空間にも活躍の場が広がって行きそうです。今後、そうした多くの現場でMadreを拝見するのが楽しみです。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

センターハウス内のラウンジ

チームメンバーが描いた検討段階のスケッチ。「浮いているような軽やかさと安心感のバランスをチーム内で試行錯誤しながら、デザインを詰めていきました」と松下氏。製品化するにあたって強度の確保に苦労した(提供:コクヨ)

写真/大木大輔(特記以外) 取材・文/飛田恵美子 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年6月20日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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次回予告
vol.41は、2016年7月にオープンする「ほしのや東京」をはじめ、
数多くのホテルやリゾート施設を運営する株式会社星野リゾートの星野佳路代表と日経デザイン編集長の対談です。
ホテルに求められるホスピタリティやUDをテーマにお話いただきます。
2016年8月1日公開予定。