Case Study #2

建築家たちの原点/2
都市住宅を探究しつづける

塚本由晴さんは、今年で52歳、貝島桃代さんは48歳。
今や海外でも注目され、さまざまな建築を手がけるようになってきたが、独立してからずっとつくりつづけてきたのは、日本の都市住宅。そこにはつねに、住宅地での建ち方を抜本的に考える、研究者の視点があった。
町家に注目するなど、関心の対象は広がり、展開しているが、その原点ともいえるのが、1997年に竣工した塚本さんの兄の家「アニ・ハウス」。

 

作品 「アニ・ハウス」
設計 塚本由晴+貝島桃代

聞き手・まとめ/杉前政樹
写真/山田新治郎

  • 竣工してから20年ほどたった「アニ・ハウス」の外観。建物の前に塚本由晴さん。2階に兄の塚本正彰さん。

  • 南東から見た外観。両隣と庭の緑が連続している。

兄の影響が大きかった

「アニ・ハウス」はその名のとおり、お兄さんの家ということですが、どういう経緯で設計することになったのですか。

塚本由晴子どもの頃はこの近所(茅ヶ崎市)に住んでいました。敷地の北隣は私の同級生の家で、放課後はいつも友だちと近くの公園で野球をしていました。子どもだから人の家の敷地を平気で通っていくので、この敷地も勝手知ったる場所でした。この裏はニセアカシアの雑木林で、今家が建て込んでいる道の向かい側のススキの原っぱの東側には、丸い小石を敷きつめた広場に竹のすだれを並べてシラスを干す作業場がありました。
 まあ、そういう明るい思い出のある場所なのですが、しばらく海外で暮らしていた兄が帰国後、ここに土地を買ったから家を設計してほしいと依頼してくれたんです。当時は坂本一成研究室(東京工業大学)で図学の技官をしていた頃で、はっきりした事務所組織もなく、自宅で設計していた駆け出しの時代でした。

1997年の『TOTO通信』(97年第2号)に掲載された、当時の記事と写真を持ってきましたよ。

塚本うわぁ、なつかしいな。もう20年前になるのか。貝島(パートナーの貝島桃代さん)は設計の途中でスイスに留学していたので、ここでひとりで案を検討していたのを思い出してきましたよ。見積もりをとったら予算をだいぶ超過したので、兄が資材の見積もり調整をしたり、いろいろ手伝ってもらいましたね。

お兄さんも設計のお仕事をされているんですか。

塚本3歳上の兄とは、小中学校はもちろんのこと、湘南高校から東工大の修士課程まで、ずっと同じ学校に通っていたんです。まあ身近な人に影響されやすい性格なんでしょう(笑)。
 兄は構造設計が専門で、修士を出た後に鹿島建設に入ったのですが、すでに施工現場のマネージメントをやっていましたから、それはもう、凄腕のバリューエンジニアなわけですよ。鉄骨屋のオヤジには「やってられねえよ」とどなられ、施工会社には、「そんなに削るなら鹿島でやればいいじゃない」とイヤミを言われ……。

隣地との「隙間」にこだわった家

駆け出しの建築家のクライアントが親族というのはよくある話ですが、「アニ・ハウス」の場合は、ある意味で兄弟の合作でもあるのですね。それにしても、建ぺい率を使い切らずに大胆に空地をとったプランは、驚かれませんでしたか。

塚本兄夫婦からのリクエストはとてもシンプルでした。延床面積は120㎡ぐらいで、大きなリビングダイニングがあって、寝室がふたつぐらいの単純な間取りでいいと。あとは地下室と屋上がほしいということぐらい。ドイツで2年間暮らした家の間仕切りのない感じが、とても気に入っていたようです。ところがこの敷地で平面的にゆったり室を並べると、隣地との間隔が狭くなって、建てづまりの現状をさらに悪化させてしまう。そこで建築面積をぐっと絞ってタテに3層積み上げれば、廊下がなくても断面的に仕切られますから、住めるんじゃないかと提案したところ、兄夫婦はすんなり受け入れてくれましたね。

隣地との隙間が重要だと考えたのは、なぜでしょう。

塚本中学のときに引っ越して以来、20年ぶりに現地を訪れてみると、ずいぶん建て込んでいて、子どもの頃に感じた「抜け感」がすっかり失われていたのです。これは自分たちの設計者としての個性をどうするかを考えることよりも、「家の建ち方」自体を問題にすべきではないかと思ったんですね。建築のタイポロジーの研究をしていましたので、私はここで隣の家とのあいだに生じる隙間の質を問題にすることで、建てることによって環境がむしろ改善される建ち方を提案し、それを論として位置づけたかったのです。でも最初は、建築雑誌の編集者の方にもなかなか意図が伝わらなくて、隣との隙間がフレームの外に出てしまうように正面から写真を撮られる。そうじゃないんですよ、と何度も話しあって、カメラマンにも2度来てもらって、建物と隣家の隙間を中心軸にした写真を撮ってもらいました。そこに「住宅の『建ち方』について」(『新建築住宅特集』98年2月号)という論文を寄せたところ、そういうことなのか、と反響がありました。

  • 「アニ・ハウス」にて。左は兄の塚本正彰さん。

郊外住宅から密集居住の都市論へ

鉄骨の胴縁をそのまま構造体にして張弦梁を用いたり、構造的にも、およそ住宅らしくない造りをしていますね。

塚本第1種低層住居専用地域で3層にするために階高を低く抑える必要があったので、張弦梁は天井高を確保するのに都合がよかったんです。鉄骨造はプロセスが透明なので、図面さえしっかり描ければ若くて経験が少なくてもなんとかなります。といっても、鉄骨造の精緻な図面を大量に描くのは大変な作業。結局、図面が遅れて、半地下の基礎はできているのに鉄骨がしばらく建たず、「プールでもつくってるのか」と心配される始末(笑)。

20年たって振り返ると、どんな意味をもちますか。

塚本ここで考えた隣地との関係は、東京の密集した住宅地に「ミニ・ハウス」(99)などを設計したことでさらに展開しました。さらに隙間を維持した住宅の更新によって生じる都市空間のパターンを分析し、「ヴォイド・メタボリズム」としてまとめました。戸建住宅の第1~3世代がランダムに混ざりあうことで、都市の風景がつくられていく原理を示したものです。そこから、密集した住宅地に「隙間」ができることは初めからわかっているのですから、それをいかに肯定的に設計のなかで再定義するかを提案する「第4世代の住宅」と名づけたシリーズにもつながっていきました。

一方では金沢の伝統的な町家を調査したり、その知恵を設計に生かした「まちやシリーズ」の実作もあります。

塚本そもそもタイポロジーとは、ヨーロッパのように200年、300年たった街並みを対象に研究するのが基本であって、たかだか50年、60年の住宅地では、本来なら何も言えないと思われてきた。日本は住宅の建て替え周期が25年と、極端に短いので、社会的条件の異なる住宅が並び立っていますから、長い時間の尺で街と建築を同時に語ることができる「論」をつくらないと何をやってもキリがない。建築設計には「論」が必要だと思うのです。「コモナリティ」もそのひとつ。

  • 1階の居間から東側の窓を見る。隣家とのあいだに幅をとることで、抜け感があり空間に余裕のある建ち方になっている。

  • 西側の隣家との隙間。お互いにセットバックすることで、建て込んだ住宅街に隙間が生まれる。

  • 右手にある隣家との隙間。月桂樹などの樹木が植わった庭に面して、浴室が配されている。

コモナリティに開かれた建築とは

それはどういう概念なのでしょう。

塚本近代以前の村落には、入会(いりあい)と呼ばれる土地がありました。今は財産区とも呼ばれています。薪を切る山やカヤを採る河原のような、限定されたメンバーシップで維持し、集団で資源を利活用する共有の土地です。いわゆる日本版コモンズなのですが、その建築版だと思ってもらえばいいと思います。誰がデザインしたわけでもない、その地域ごとの好ましい建物のあり方のようなものです。金沢の町家なら、そこに住む人々のなりわいや自然のふるまいをうまく均衡させる知恵がつまっていますし、一方で茅ヶ崎という土地には、あまり堅固な塀がなく、子どもだったら人の家の庭をどんどん歩いても誰も何も言わずに温かく見守ってくれるような、あっけらかんとした「抜け感」がありました。建築が現代のように産業化する以前は、コモナリティなんて概念をもち出さなくても、町の大工が周囲の家と同じように建てれば、自ずと土地環境に適した家になっていたのですね。

それは若い頃からの考えですか。

塚本当時はまだそこまで理論立てて説明できていなかったのですが、「戸建て住宅という古い形式」の、新しい世代をつくること、いわばタイポロジーの再生に取り組んでいたわけですね。屋上から富士山が見えるとか、地下室があって庭の芝生やオリーブの木などの自然を感じられるといった、素朴な環境を設定する程度でしかないのですけれど、そのほうがコモナリティに開かれているなぁ、と思うんです。大きな吹抜けがあってドラマチックな光が差し込んで、「すごいでしょ」と感動させるレトリックで設計するのも建築家の仕事でしょうが、私はむしろ、周囲の環境とどう折りあって、どう付き合えば生活がより楽しくなるかを考えるほうが性に合っている。「アニ・ハウス」はその原点となる、とても恵まれたスタートでした。
 じつは最近、建設コストが予測しにくいこともあって、各階1室のシンプルな構造で、家は十分ではないかとあらためて考えていたところです。原点回帰ですね。細部まで丁寧につくり込まれた家よりも、雨が降っても洗濯物が干せる、季節のなかで一番居心地のいい場所が使える。こういった生き方を問題にするような暮らしのコンセプトを大切にした家のほうが、これからはおもしろいのではないかと考えています。

  • ワンルームの1階居間。張弦梁によって、柱のない6m角の空間になっている。奥に玄関。

  • 地下1階の寝室。半地下になっていて、基礎のコンクリートに囲われている。

  • 地下1階と1階のあいだにある洗面室と浴室。6m角の主屋に取り付いた付属屋。

  • 階段から2階の勉強室と1階の居間を見る。天井高は、いずれも2,300㎜。

  • 2階の勉強室。もともとワンルームだったが、子どもふたりの個室をつくるため、Y字型の家具を中央に置いて、部屋を3つに分けている。

  • Y字型の家具で仕切られた個室。

「アニ・ハウス」
  • 建築概要
    所在地 神奈川県茅ヶ崎市
    主要用途 専用住宅
    家族構成 夫婦+子ども2人
    設計 塚本由晴+貝島桃代/アトリエ・ワン
    構造設計 梅沢建築構造研究所
    構造 鉄骨造
    施工 東京鐵筋コンクリート
    階数 地下1階、地上2階
    敷地面積 122.32㎡
    建築面積 46.74㎡
    延床面積 121.85㎡
    設計期間 1996年3月~10月
    工事期間 1996年10月~1997年4月

  • おもな外部仕上げ
    屋根 露出塩ビシート防水軽歩行用
    外壁 アルスター鋼板大波板
    開口部 アルミサッシ
    外構 枕木、芝生、オリーブ、月桂樹
    おもな内部仕上げ
    寝室(地下1階)
    モルタル金ゴテ押さえ
    壁・天井 ラーチ合板 ワックス仕上げ
    居間(1階)
    ナラフローリング
    壁・天井 PB AEP
    勉強室(2階)
    ラワン合板 ワックス仕上げ
    壁・天井 ラーチ合板 ワックス仕上げ

Profile
  • 塚本由晴

    Tsukamoto Yoshiharu

    つかもと・よしはる/1965年神奈川県生まれ。87年東京工業大学工学部建築学科卒業。87~88年パリ建築大学・ベルビル校。92年アトリエ・ワン設立。94年東京工業大学大学院博士課程修了。2000年より同大学大学院准教授。博士(工学)。現在、東京工業大学大学院教授。

    写真提供/アトリエ・ワン

  • 貝島桃代

    Kaijima Momoyoo

    かいじま・ももよ/1969年東京都生まれ。91年日本女子大学家政学部住居学科卒業。92年アトリエ・ワン設立。94年東京工業大学大学院修士課程修了。96~97年スイス連邦工科大学奨学生。2000年東京工業大学大学院博士課程満期退学。現在、筑波大学大学院准教授。
    おもな作品=「ミニハウス」(99)、「スプリットまちや」(10)、「みやしたこうえん」(11)など。

    写真提供/アトリエ・ワン

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