最新水まわり物語 42

星のや東京

HOSHINOYA Tokyo

都心に生まれた「塔の日本旅館」

取材・文/大山直美
写真/川辺明伸

  • 星のや東京

  • 外観
    オフィスビルに囲まれた「星のや東京」の夜景。
    グラデーション状に、外装模様が浮かび上がる。

  • 外装ディテール
    麻の葉くずしをイメージした外装ディテール。
    設計時は、原寸大で複数案を作成、検討を重ねた。

 全国各地でホテルやリゾート施設を運営する星野リゾートが、2016年7月、東京・大手町のオフィス街に「星のや東京」を開業した。旅館計画・内装設計・外装デザイン協力は、これまで4つの「星のや」を手がけてきた東利恵さん率いる東環境・建築研究所が担当。建築設計の三菱地所設計とNTTファシリティーズとのコラボレーションにより、チーム一丸となって取り組んできたという。
 都心のホテルといえば、大規模な複合ビルの上層の数フロアを占めるといった構成が一般的だが、「星のや東京」は小規模ながら独立した一棟建ちで、しかもコンセプトは「塔の日本旅館」。すでに成り立ちからして、周辺のホテルとは一線を画している。
 地上18階建ての建物は1階がエントランス、2階がレセプション、3~16階が客室という構成で、1フロアの客室数は各6室、全84室のこぢんまりした施設だ。遠くから見ると全体に黒いビルは、近づいてみると全体が麻の葉くずしをイメージした柄のスクリーンで覆われている。東さんによれば、質素倹約が求められた江戸時代に発達した、遠目には無地に見える細かい柄の「江戸小紋」の着物地から発想した外装であり、角にアールをつけることで重箱のような繊細さも加味したという。

都心に日本旅館を創出する「玄関」の仕組み

 しかし、見かけはやはりビル。どこが「旅館」なのかと半信半疑で進むと、自動ドアの向こうにはホテルとの決定的な違いが待っている。まず風除室に入ると「玄関さん」と呼ばれるスタッフが出迎えるが、目の前には青森ヒバ製の分厚い扉が立ちはだかり、宿泊客以外はここから先へは入れず、中もまったく見えない。その分厚い扉が開くと、上がり框の向こうに、間口が狭く、奥に長く、高さ5.5mもある畳敷きの玄関が出現。左手に天井高いっぱいに造り付けた下駄箱が連続するさまは壮観だ。
 館内はエレベータ内まで、ほとんどが畳敷き。ロビーやレストランに一般人が出入りするホテルとは異なり、靴を脱いで上がった瞬間から家に上がり込んだような安心感に包まれる、それが日本旅館ということだろう。
 東さんは長い付き合いの星野リゾート代表・星野佳路さんと、大手町につくる宿泊施設について話しあった際、まず首都東京になくなってしまった「旅館」をつくろうということになり、それには「靴を脱ぐ」行為が不可欠だと提案したそうだ。
「靴を脱がない大型旅館もありますが、それは旅館という皮をかぶっているにすぎない。本来の旅館とはやはり靴を脱いで、もう少し日本的な距離感のなかでサービスを提供すべきではないか、そうしなければホテルとの違いがわからないと思いました」と東さん。
 これに対し、総支配人の菊池昌枝さんは「最初に靴を脱ぐ施設にすると聞いたときは、冗談かと思いました(笑)。うまくいくはずがない、何百足もの靴をどうするのか、と。でも、図面であの玄関の圧倒的なスケール感を見て初めて、あ、できるかもしれないと思ったんです」と振り返る。
「星のや」はどの施設にも、たとえば京都なら舟でアプローチする、軽井沢なら離れた駐車場から専用車に乗り換え、いつのまにか敷地内に入るといった具合に、日常から非日常へと切り替えるプロセスが備わっている。限られた面積の都市型施設で瞬時にこのスイッチを巧みに切り替える場として考えたのが、あえて玄関という機能だけに集約し、靴を脱いで畳の感触を楽しむと同時に、経験したことのないプロポーションを体感できる1階の空間だったと東さんは語る。

  • 1F 玄関
    左側の壁一面の巨大な下駄箱は、見せる収納としてデザイン。
    通気性を考慮し、編んだ竹と栗の木枠の組み合わせ。

  • 3F–16F 菊(3名定員)
    客室「菊」内観

    客室「菊」は、客室「百合」「桜」の2倍の広さ。
    障子に映る外装パターンは、季節や時間帯によって変化する。

  • 3F–16F 菊(3名定員)
    トイレ

    トイレには、専用の洗面器を設置。

  • 3F–16F 菊(3名定員)
    バスルーム

    バスルームの奥には、小さな坪庭をしつらえている。

「お茶の間ラウンジ」で旅館の過ごし方に多様性を

 客室のあるフロアに上がると、そこにはもうひとつの「旅館」らしい場が用意されている。各フロアには6つの客室以外に「お茶の間ラウンジ」と名づけたスペースがあるのだ。ここは宿泊客が客室から着物風の滞在着のまま、自由に行き来できるセミプライベートなくつろぎの場で、朝から晩までフロアごとに「お茶の間さん」と呼ばれる専任スタッフが常駐。チェックイン時のお茶とお菓子に始まり、コーヒー、お酒、朝食のおむすびと味噌汁までを無償で提供してくれるという。スタッフやほかの宿泊客と会話を楽しむもよし、デスクコーナーで家族に気がねなく仕事に没頭するもよしと、多様に活用できそうだ。
 東さんいわく、「各フロアに設けるとなると、客室を1部屋つぶすことになるので、最初はおそるおそる提案したのですが、星野さんはむしろスペースも広くとって、スタッフをひとりずつ配置するという勇気ある決断をした。そのことで、完結した小さな旅館が14層積み上がったような明快な施設が生まれたわけです」。菊池さんによれば、実際に、ワンフロア6室分をまとめて予約し、同窓会のように楽しむといった例が増えているそうだ。

  • 3F–16F 桜(2名定員)
    客室「桜」内観+水まわり

    バスルームから、室内を見る。仕切りには調光ガラスを使用。
    瞬時に、曇らせることが可能。

  • 3F–16F 桜(2名定員)
    客室内観

    視線を低くするよう、家具の高さを工夫している。

  • 3F–16F 桜(2名定員)
    トイレ

    壁や床には、においが残りにくい素材を使用。
    「星のや」全体で、清掃しにくい箇所をリストアップ。
    そのノウハウが生きている。

  • 3F–16F お茶の間ラウンジ
    使用する器や食材はすべて、吟味して選んでいる。
    「お客さまとの時間を過ごすため」と、菊池さん。

  • 3F–16F お茶の間ラウンジ
    廊下

    畳敷きの廊下は、都会を歩き疲れた足にも、やさしい。
    障子の裏には、配電盤が隠れている。

旅館の内装と水まわりは時代に合ったものに

 客室は各階に1室ずつ「菊」の客室(3名定員、83㎡)があり、残り5室は「百合」と「桜」の客室(2名定員、41~49㎡)。床はもちろん畳。日本の空間ならではのくつろぎを演出するため、「菊」には床から一段上がった寝台に布団を並べ、「百合」「桜」には「星のや京都」で開発した「畳ソファ」を配するなど、ホテルとは趣の異なる内装や重心が低い家具でしつらえてはいるものの、決して純然たる和室ではない。
 水まわりで目を引くのは、浴槽。素材は黒い人工大理石だが、肩までつかれる深さのある日本らしいフォルム。「菊」は洗い場を設け、大きな浴槽につかりながら坪庭越しに外気を感じることもできる。一方、「百合」「桜」は洗い場をなくし、独立したシャワールームを設置。日本的なお風呂の入り方は天然温泉の大浴場で味わってもらおうという割り切った造りだ。
 トイレを独立させている点も、外国人宿泊客を想定したホテルでは珍しいが、たとえ洗い場のない浴室でも、トイレは別にするのが星野流だという。「友人同士だと、一方が入浴中にもう一方がトイレに行けないのが不便ですよね」と東さん。トイレ設備については、個人的にTOTO贔屓であり、星のやはすべてネオレストを採用していると笑いながら、こう続ける。
「やはり日本製が一番使いやすいんです。アジア諸国に行くと、同じアジア人なのに足が届かない便器を使っていたり、便座が平らじゃなくて座ると痛かったり……。海外製品にストレスを感じている人は多いので、内外で日本のトイレを売るチャンスは今後ますます広がるのではないでしょうか」
 今回の内装設計全般については、こうしめくくってくれた。
「ここでは和室をつくるという作法は捨てようと思いました。今やマンションでも和室がなくなりつつあるし、和室自体も平安時代には置き畳だったのが、だんだん発展して今のような形になったわけで、様式はつねに変わっていくものです。そう考えると、和室がずっと同じである必要はなく、もっと現代に合った使いやすい形に進化させていかなければならない。そこで、この独特の感触を楽しめる唯一の素材である畳を、床材という感覚で使おうと考えたんです」
 菊池さんに、外国人の反応はどうかと聞くと、靴を脱ぐことを嫌がるのではないかという心配も杞憂に終わり、むしろ楽しんでいる欧米人が多いとのこと。「『東京で日本を感じた』という声が多いですね」と菊池さん。
 西欧型のホテルとも、昔ながらの旅館とも異なる「星のや東京」の内部空間は、新しい宿泊施設の台頭を感じさせる。ゆくゆくは海外の都市でも、靴を脱いでホッとくつろげる「現代の日本旅館」に泊まれる日も夢ではないのかもしれない。


  • 17F 大浴場 内風呂
    大浴場は、敷地内で三菱地所が掘削した天然温泉を使用。強塩温泉を楽しめる。

    写真提供/星野リゾート

  • 17F 大浴場 露天風呂
    内風呂の奥には、天井が高く抜けた露天風呂。都心を感じさせない造り。

  • 2F ロビー
    奥には、雅楽などを披露する畳の舞台。お酒を飲みながらの観覧も。

  • 2F ロビー
    レセプション

    カウンターは、東さんと長年の付き合いがある、ヒノキ工芸が製作した。

  • 2F パブリックトイレ
    多機能トイレ

    パブリックトイレは乾式清掃。1時間に1回、清掃チェックを行っている。男子小便器は、清掃のしやすい壁掛式を採用。多機能トイレも完備している。

  • 2F パブリックトイレ
    女子トイレ・洗面

    パブリックトイレは乾式清掃。1時間に1回、清掃チェックを行っている。男子小便器は、清掃のしやすい壁掛式を採用。多機能トイレも完備している。

  • 2F パブリックトイレ
    女子トイレ・ブース

    パブリックトイレは乾式清掃。1時間に1回、清掃チェックを行っている。男子小便器は、清掃のしやすい壁掛式を採用。多機能トイレも完備している。

  • 2F パブリックトイレ
    男子トイレ・小便所

    パブリックトイレは乾式清掃。1時間に1回、清掃チェックを行っている。男子小便器は、清掃のしやすい壁掛式を採用。多機能トイレも完備している。

星のや東京
  • 建築概要
    所在地 東京都千代田区大手町1-9-1
    事業主 三菱地所(再開発施行者)
    主要用途 宿泊施設
    設計・監理 三菱地所設計・
    NTTファシリティーズ
    設計監理共同企業体
    旅館計画・
    内装設計・
    外装デザイン協力
    東 環境・建築研究所
    施工 戸田建設(建築)・
    斎久工業(給排水衛生設備)
    敷地面積 1,334.64㎡
    建築面積 742.49㎡
    延床面積 13,958.29㎡
    階数 地下3階/地上18階
    客室数 84室
    構造 鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋
    コンクリート造(免震構造)
    竣工 2016年4月

  • おもなTOTO使用機器
    2階 パブリックトイレ
    ●男子トイレ
    ウォシュレット
    一体形便器NJ2
    CES989PPT46/
    マイクロ波センサー
    壁掛小便器
     XPU11/
    湯水混合栓 KW2191052R
    (CERA)
    ●女子トイレ
    ウォシュレット
    一体形便器NJ2
    CES989PPT46/
    湯水混合栓 KW2191052R
    (CERA)
    ●多機能トイレ
    フラットカウンター多機能トイレパック
    XPDAARS3111WWG + YMK52K/
    ベビーチェア YKA15
    客室
    ウォシュレット
    一体形便器NJ2
    CES989RT46
    17階 大浴場
    壁付サーモ水栓、
    シャワーヘッド
    TMWB40EC1

Profile
  • 菊池昌枝

    Kikuchi Masae

    星のや東京
    総支配人

  • 東 利恵

    Azuma Rie

    東 環境・建築研究所
    代表取締役
    建築家

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