Case Study #2

建築サポート 建築家が主役ではない その 2
基礎だけで、全体を覚醒

平面は施主が考え、施工も施主が手配。建築家が担ったのはおもに基礎だった。基礎だけのサポートとはいえ、湿気対策や断熱性が補強され、窓からの景色も一新。全体を揺るがす、部分の設計である。

作品 「リビングプール」
設計 増田信吾+大坪克亘

施主 石山和広 アーティスト

司会・まとめ/伊藤公文
写真/川辺明伸

  • LDK。
    「リビングプール」は既存家屋の改修。床を取り除き、基礎のプールのような部分に住まうアイデアでつくられている。

  • 北側にあるアトリエ。
    壁に掛けられた作品を制作しているのは施主の石山和広さん。石山さんは武蔵野美術大学卒業後、東京藝術大学大学院を修了。増田信吾さん、大坪克亘さんとは学生時代からの知り合いだった。舞台美術や平面芸術などさまざまなアーティスト活動を展開している。

  • 床がはずされ、床面が928㎜ほど下げられた。もともとの床レベルにある廊下や寝室などは、コンクリートの束に支えられている。束は既製品。

  • 既存の床レベルにある廊下。右にアトリエ、左にLDKがある。

  • 廊下の奥にある寝室からカーテン越しにLDKを見る。

風力発電がつなげた出会い

増田信吾さんと大坪克亘さんの前作「躯体の窓」は『TOTO通信』2015年新春号に掲載されています。その記事によるとふたりは大学入学の前から知り合いだったそうですね。

大坪克亘大学入試のための予備校で知り合って、それ以来、大学は違ったけれど付き合いはずっと続いて今に至っています。この住宅の施主の石山和広さんは増田と大学の同窓で、2年上の先輩になります。

石山さんは武蔵野美術大学の建築学科卒業後にアートに転身したのですね。

石山和広建築学科には美術家で建築やアートの領域を超えた視点からの表現を追求している土屋公雄先生がいらして、私はそのゼミに属して卒業制作は映像作品を提出し、それから東京藝術大学の大学院に進学しました。

石山さんと増田さんとは学生時代から面識があったのでしょうか。

石山ええ、知り合いでした。私が大学院のとき屋久島に旅行に行って、宿で出会った人が風力発電会社の社員さんでした。その人から風力発電の建設地の模型とプレゼン用の映像をつくってくれないかと頼まれて、映像は自分でするとしても模型はすごく大きいので助力が必要と思い、彼らに声をかけました。

増田信吾5000分の1で畳2枚分くらいの模型。できばえがよかったのと、工程をしっかり立てて納期を守ったので信頼を得ました。

石山社長はアメリカ帰りで、デザインを外注せず内作したいという意志をもっていて、美大の私たちを重宝がってくれました。その後も継続して仕事を与えてくださって、経済的なサポートをしていただきました。

そういえばデビュー作「風がみえる小さな丘」(2008)の施主もその風力発電会社でしたね。

大坪そう。風力発電つながりです(笑)。

屋久島の出会いから発したすばらしいパトロネージですね。

  • 「解決すべき場所は基礎だと確信し、そこに集中する提案をしました」
     建築家 増田信吾 Masuda Shingo
         大坪克亘 Otsubo Katsuhisa

    「依頼したときは、設計は全部丸投げのつもりだったのに(笑)」
     施主 石山和広 Ishiyama Kazuhiro

  • LDKから廊下を見る。夏季は基礎部分に冷気が溜まり、冬季は蓄熱床暖房により暖気が立ち上る。

天童に制作拠点を

石山さんが山形県天童市に移住された理由は何でしょうか。

石山2010年に奨学金を得て制作に専念できる環境になったのを機会に、活動の拠点はどこでもよいと考えていたので、実家のある山形に移ろうと思いました。しばらくは妻の実家にお世話になっていたのですが、散歩をしているときにたまたまこの場所を通りがかり、とても気に入りました。

気に入ったのはどの点ですか。

石山市街地の一画でありながら、北側に小高い山があって、その裾野に包まれるような敷地で、平坦な郊外地や田んぼのなかとは違い、複雑で多様な地歴がありそうなところでしょうか。

それで築40年の凡庸な平屋建ての住宅を改修して住むことにしたのですね。

石山改修自由という条件の賃貸です。この辺だと、親の敷地の一画に新築住宅を建てるか、郊外住宅地の建売を30年ローンで買うか、どちらかが一般的な選択肢で、選択肢の少ない現状に違和感というか苛立ちがありました。新築も建売もローンもいやで、何かほかの住まい方がないかと。

その考えに適うものがあったわけですね。自身が主体になって施工する前提で自分でプランニングもしたそうですね。

石山費用の面から外まわりは原則いじらず、内部の改装だけに絞ることにして、プランニングというより、ゾーニングを考えました。水まわりは動かさない。でもキッチンだけは北側では暗いので南に移してLDKとし、キッチンがあったところを寝室にする。するとアトリエは必然的に北東になって光線の具合もよい。そこだけは床を下げて天井を高くする。模型もつくりました。

筋が通っていて具合がよさそう。なぜそのまま実施しなかったのでしょう。

石山自分の計画そのままだと仕上がりのイメージがすぐに浮かんできてしまって、単純につまらない。すべてが想定内に納まってしまいそうで、どこか限界があると思いました。もっと自分が知りえない姿があるだろうから、それを求めたいと思いはじめて、旧知の彼らに設計を依頼しました。遠いし、忙しそうだし、断られてしまうかもしれないと思っていたけれど。

増田断らないですよ。なんらかの方法で、手伝いたかった。

増田・大坪は「基礎」に集中

設計を引き受けてどうでした。

大坪いろいろとプランニングしてみて、何かやろうと意気込むとどこかひねくれた案になってしまう。あらためて石山が持ってきた模型を見ると、すごく素直で、生活像がしっかり反映されていて無理がない。それをわれわれがどうこうする話ではないと思うに至りました。

そう悟った段階で、方向性が決まったわけですね。

増田「躯体の窓」の場合もそうで、施主に教えられることは本当に多いです。それによってわれわれの立ち位置が明快になります。試行錯誤の末、今回は石山のプランを利用したうえで、実際の問題をひとつずつ解決していこうとしました。まず室内の暗さを解消するために天窓をつける、開口を大きくするなどの提案があったのですが、そうするとプライバシー、暖房負荷、施工性などに難点が生じてしまう。つまり問題をひとつ解決するために別の問題を発生させてしまう。それは避けたい。それと既存の基礎を見ると、湿気の防止や断熱性能の点で放置できないと思いました。
 これらを考えあわせると、既存の外周の布基礎を生かしつつ、床全体を下げてしまうのが最もよい解決だと確信して、全体を既存の床面から928㎜ほど低くする提案をしました。

大坪そうすると視線の位置が低くなり、既存の掃き出し窓が大きな腰窓に転化し、軒先にさえぎられていたまわりの山の情景が内側に入り込んできて、内外の隔絶感が薄まります。また、外に立つ人からすると窓から中を少し見下ろすようになって、その関係性もよいと思いました。

いわば断面に特化した設計といえますね。

石山彼らはLDK、アトリエ、寝室の部分、つまり床を沈ませて幅木をまわした内側、そこは図面を描いてくれたけれど、そのほかの玄関、トイレ、洗面所・浴室はノータッチ。いつ図面が来るかと待っていたけど、いつまでたっても来ない。依頼したときは、設計は全部丸投げのつもりだったのに(笑)。

増田持ち物の大きさ、整理の仕方、使い勝手は石山のほうがわかっているのだから、自分たちでやってと(笑)。

石山そうか、幅木の内側だけなんだ、割り切りがよいなと思いました。でも玄関は床の高さとか天井とか、後から図面を描いてもらいました。ドアはどうだったかな。

増田そこは描きましたよ(笑)。

石山でもそれがよかった。丸投げにしてしまうと、建築家にただのコーディネイターとしての役割をお願いしてしまうところでした。施工するのも住むのも自分だから、全過程を通して人任せではなく主体的にコミットすべきだと気が付きました。

  • アトリエ。
    石山さんの制作中の作品が置かれている。布基礎の立ち上がりの内側には断熱材を施し、補強をしている。

  • アトリエの窓。
    床面が下がり、視線の位置が低くなったことで、軒先に遮られていた山の風景が見やすくなった。

  • 基礎
    コンクリート束の基礎。廊下の床下は吹放しで、LDKとアトリエがつながっている。

  • 幅木
    LDKの幅木。アトリエやLDKの基礎上部には、元の床面を示すように幅木が取り付いている。

  • 模型
    施主の石山さんが自ら製作した模型。増田さんと大坪さんに設計を依頼する前から構想していた。この平面には無理がなかったため、そのまま採用され、湿気防止や断熱補強などの観点で、増田さんと大坪さんは基礎の設計に集中した。

自分で施工するところも

そして施工の段になって、分離発注は大変だったでしょう。

石山小学校からの友人が電気屋で、大工さんなどを紹介してくれ、そこからいろいろつながりました。左官屋さんだけは東日本大震災の復旧の影響で、なかなか見つからなかったけれど、それ以外は苦労がありませんでした。何が大変だったかというと、基礎の穴掘りでした。重機を入れると窓を壊さなくてはならない。そこまではしたくなかったので、全部人力でやりました。ひとりでは無理で、幼馴染と東北芸術工科大学の学生に助けてもらい最後は6人がかり。

出身地のネットワークが十分に機能したわけですね。

石山床は鉄筋を組み、蓄熱用の配線をし、モルタルを流すまで左官屋さんにお願いし、壁や床は大工さんと一部は共同作業しながら自分でやりました。

沓石の施工も業者がやったのでしょうか。

大坪あれは既製品で、下の直方体のパーツと上の角錐状のパーツを現場で組み合わせ、鉄筋を入れ、モルタルを詰めて合体しています。安価だけれど北海道の工場製品なので輸送費のほうが高くつきました(笑)。

石山その施工は自分たちがやったけれど本当に大変でした。大引きを持ち上げて既存の沓石を撤去し、レベル調整して新しいものをセットして元に戻す。1日1本というペース。全体では3カ月で済ませるはずが10カ月かかってしまいました。でも作業の大変さより、とにかく住めればよいと初めは思っていたのが、増田と大坪のふたりがここまでやってくれるのだから、たとえば塗装仕上げにしても丁寧にしようとか、だんだん求めるレベルが上がってきて、それで予想以上に時間がかかった面が大きい。

増田石山がレベル調整で苦労していることを知った段階で、それまでは考えていなかった幅木をまわすことにしました。布基礎の立ち上がり部分の内側に補強としてコンクリートの増し打ちをして、その上に幅木を全周まわしています。奥さんが掃除しやすいことを第一条件に挙げていたこともあったから、現実的な選択としてもよかったと思っています。

布基礎の増し打ちと幅木が、沈んだ床面が形成する空間に一体感、連続感をもたらしていて、とてもよいですね。いかにもプールの名称がふさわしい空間になっています。冬を2回越して、住み心地はいかがでしょう。

石山夫婦と子どもふたりが生活するうえで支障はまったくなく、とても満足しています。何より明るいし、どの場所にいても気持ちがよい。床暖房もちょうどよい感じです。これから手を入れるとしても内部ではなくて、外側の屋根の塗装とか網戸の修繕などを考えています。

  • ダイアグラム
    改修後の構成を示したダイアグラム。幅木より下は、廊下や寝室などの機能の部分を除いて、床を取りはずし、生活の「プール」にしている。

共同設計の次のステージ

ところで増田さんと大坪さんが共同で設計している状態は、石山さんからはどう見えますか。

石山相互に壁になって、ボールを投げると投げ返されてくる。それは正直、うらやましいですね。ひとりでやっていると、自分の思考をどうやって展開させ、確認していくかが難しい。今は思ったことをメモに書き、繰り返し読み返すことが、思考の回転の契機となり、インスピレーションが生まれ、製作に移行する動機になるかと思って実践しています。

増田大坪と一緒にやっているのは、思考にしても実践的な解決にしても自分のなかだけで閉じてしまいたくない、という気持ちがあるからです。趣味性に陥りたくない、あるいはゆがまずにバランスをとりたいというのかな。

大坪プロジェクトが進行しているとき、どちらかが何かおかしいと気が付いたら即座に軌道を変えることができます。それはふたりが対等の関係にあるからできることだと思います。でも最近は出入りする人が増えたり、忙しさが増したりして、当初とは少し変わってきています。前は双方がわかり合うまで膝を突き合わせて最後まで詰めることが自然にできていた。最近は少し違ってきているように思います。

増田そうだね。すべてをわかり合ってはいない状態のまま、プロジェクトを進めざるをえない場面が、少しずつ出てきています。われわれはどちらも事務所に勤めた経験がないから、スタッフとの接し方がわかっていないのが、もしかしたら原因かもしれない。

仕えた経験がないから、あつかい方がわからない(笑)。

石山ふたりで長くやっていると、知らぬ間にふたりだけで通じ合うコミュニケーションのコードというのか、思考のプロトコルというのか、そういうものができていて、外からいきなりそこに入り込んで、意図をくみ取っていくことは難しいのではないかと思います。

大坪ふたりで長くやりすぎたかな。

増田いや、あまりくみ取ってくれなくてよいんです。普通に考えて、ストレートに応えるとこうなるという提案をしてくれればよい。でもなかなかそうならない。われわれはそれぞれの生活の身近な経験の延長線上に設計行為があればよいと思っているけれど、多くの人はそこから遊離して設計行為をとらえているようで、不思議だし、歯がゆく思うときがありますね。

石山なるほどそうなんだ。スタッフができて、ふたりの事務所も次の段階に差し掛かったのかな。楽しみにしています。

  • 東側外観。
    正面にアトリエの窓。もともとの掃き出し窓が腰窓になった。

  • 南側外観。
    周囲は山に囲まれ、豊かな自然のなかにたたずんでいる。

「リビングプール」
  • 建築概要
    所在地 山形県天童市
    主要用途 住居、アトリエ
    家族構成 夫婦+子ども2人
    設計(改修) 増田信吾+大坪克亘
    構造設計 松浦建築
    構造 木造在来工法
    施工 分離発注
    階数 地上1階
    敷地面積 281.58㎡
    建築面積 81.77㎡
    延床面積 81.77㎡
    設計期間 2013年6月~8月
    工事期間 2013年8月~2014年4月

    南側外観

  • おもな内部仕上げ
    プール
    床・壁 コンクリート金ごて押さえ
    水性無機質塗料
    天井 パテしごき AEP
    寝室・廊下
    フローリング t=14㎜ OP
    下地クロス貼り AEP
    天井 パテしごき AEP
    トイレ・洗面所
    不燃化粧板
    下地クロス貼り AEP
    天井 パテしごき AEP
    浴室
    床・壁 タイル
    天井 バスパネル

    LDK

まとめ

一元的な統括から脱する

文/伊藤公文

 住宅を設計するとき、建築設計者は何よりも対象の全体を一元的に統括することを望む。そこでは全体性を成立させる思考や意図の一貫性が、形態や空間の独創性が絶えず問われる。
 増田信吾+大坪克亘のツイン・ユニットはこの近代以降の定式に真っ向から疑念を投げかけ、実践に移している。

 まず、形態や空間の探究は先人たちによって遍(あまね)くなされ、未踏のスペースはほとんどないという認識をもっている。それは圧倒的な分量のすぐれた実例を前にしての諦念でもあるだろうし(何をやっても模倣になる)、すでにある完全なストックから選択することさえできればよいという自覚でもあるだろう(どんな最適解でも引き出せる)。独創的な空間を自ら創り出さなければいけないという強迫観念からは遠く離れている。
 次に、彼らは設計過程での一望監視的な関与の仕方を否定する。住宅は施主とその家族が資金を出し、使うわけだから、建築設計者が専制的な立場にある必然性はなく、場合に応じて施主(使用者)が先導したり、あるいは並走したり、協同したりと、さまざまな関係で進むほうが自然だと考えている。

 これらの結果として、設計の対象が部分に限定されることになっても、まったく厭(いと)わない。実際、彼らはこれまで、住宅の塀だけ、窓だけ、そして今回は基礎だけに焦点を絞って設計を行ってきた。
 しかし惑わされてはいけないが、部分に焦点を絞っているように見えるからといって、それにより全体性を脱構築しようという意図は微塵もない。逆に対象をじっくり観察して要所を見出し、関節技のごとくそれを操作することによって全体を覚醒させ、意想外の地点への着地を図るのである。

「リビングプール」では、85㎝の深さの不整形なコンクリート製プールの内側を生活の場にするという、合理的でありながら意想外の解決を編み出している。そこでは既存の木造の構成に、施主の意図、設計者のたくらみ、自力施工の制約が絡み合い、乱反射して、予定調和のごとく陥りがちなお洒落でミニマルな常套(じょうとう)とはきっぱりと縁を切った、豊かな複旋律が響きわたる空間が出現している。

Profile
  • 大坪克亘

    Otsubo Katsuhisa

    おおつぼ・かつひさ/1983年埼玉県生まれ。2007年東京藝術大学美術学部建築学科卒業。

  • 増田信吾

    Masuda Shingo

    ますだ・しんご/1982年東京都生まれ。2007年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。現在、武蔵野美術大学非常勤講師。

    おもな共同作品=「風がみえる小さな丘」(2008、島田雄太も加えた共同設計)、「ウチミチニワマチ」(09)、「躯体の窓」(13)。

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