インタビュー

吉田五十八の「形式知」、村野藤吾の「暗黙知」

——なるほど、そうした村野の考えが、和風建築に対しても表れているんですね。同時代の建築家と比べると、たとえば吉田五十八(いそや)とは和への向き合い方がだいぶ異なります。

長谷川 吉田五十八と村野さんは同世代の、とても仲のよい仲間同士でした。おもに吉田五十八は東京で、村野藤吾は関西で活躍し、お互いを意識していたと思いますね。吉田五十八が亡くなった後、村野さんは「吉田流私見『吉田五十八先生の一周忌を迎えて』」(『建築雑誌』75年3月号、日本建築学会)という追悼文を書いています。これはなかなかすごい文章でして、追悼文なのに、ある種の吉田五十八批判になっているんですよ(笑)。そこで村野さんは、東京の職人が隅々まで非常に正確に仕上げることに感心し、そこに吉田五十八の影響を感じたと書いているのに、続く後々の文章では、正確な仕事には味気がない、遊びや自然味もない、といったことを主張しています。逆に村野さんの流儀は、自然や遊びを意図した好みだと言っているのです。

——吉田五十八と自分を、対の存在のように考えていたのですね。

長谷川 ものづくりには2種類の考え方があって、吉田流のもののつくり方は、計画できるものだと言っています。ピシッと目に見える正確なつくり方ですから、そのために必要な腕とか、かけるべき大工の手間などが、計画できるつくり方だと。そういう建築は、建築を享受する側ではなく、生産者の論理でできているということを、村野さんは言いたかったんじゃないかな、と思います。一方で、自分の建築は、たくさんの計画できないものを含ませている、ということを主張したかったのでしょうね。村野さんに言わせれば、「絹を裏地に表を木綿にした衣物で美人に見せるようなお洒落」という考え方で、腕のよさを殺し、技を隠して、時には遊びを交えながら、見えないところに心を込めて建築をつくる交えながら、見えないところに心を込めて建築をつくることの大事さを語っています。こういうことを理解できない大工もいるわけですから、はっきりとした目標を定めにくいので、生産者が計画できないつくり方なのだ、ということです。

——言葉にするのが難しい感覚ですから、時には共有できない場合もあるでしょうね。

長谷川 そう、だから村野藤吾のことを理解できない人もなかにはいますよ。吉田五十八の建築は「近代数寄屋」と呼ばれていますが、この追悼文には、「近代」という時代との、村野さんなりの闘いがよく表れていると思いますね。この追悼文を僕なりに解釈すると、多くの近代建築が、資本主義の生産者の論理、あるいはメーカーの論理としてつくられているけれど、自分は違う、という主張です。自分は単純には生産者の側には立っていなくて、メーカーとユーザーのあいだに立って、両者を調整するのが自分の仕事だと思っていた。そして、生産者側が計画できない部分にこそ、心をこめて、使う側が気持ちいいように建築をつくってきた、それが自分の和風建築なんだ、ということを村野さんは言いたかったのだと解釈しています。

——建築史家の伊藤ていじは、「大壁造による木割からの解放」など、吉田五十八の「近代数寄屋」の特徴を6つ挙げて、その手法を整理していますが、村野藤吾の建築の場合、そういう整理は難しいでしょうか。

長谷川 そうそう、村野さんの建築は論理ではないですから。かつてモダニストの側から、村野藤吾がしばしば非難されていたのは、その点をつかれていたんです。論理がない、訳のわからないところがいっぱいある、というふうにね。最近は、村野藤吾が再評価されていますが、論理ではない、あるいは言葉にはできない村野さんの真価は、今になってもまだあまり理解されていないのではないかと思います。

——哲学者のマイケル・ポランニーが、言葉や数式などによって表現できる知識を「形式知」、言葉などによる表現が難しく、経験や勘などに基づく知識を「暗黙知」と定義しましたが(『暗黙知の次元』筑摩書房)。

長谷川 村野さんの主張は、まさにそのことだと思います。追悼文では、理解されやすい吉田流は、多くの追従者や亜流をつくり、社会に大きな足跡を残した、といって吉田五十八の功績をたたえながら、一方で自分は違う、ということを暗に言いたかったのでしょう。だから、追悼文といいながら、自分のことを語っているのが、あの文章のすごいところです(笑)。建築家が自分の身体を建築のなかに投げ込んで、その空間を使う人間にとって使いやすいのは当然だけど、心地よいものであったり、親しげなものであったり、あるいはいつも触っていたいようなものであったり、そういうものを、論理ではなく、経験や勘なども結集させてつくりあげるのが建築家の仕事なんだよ、と村野さんが言っているように、僕には思えました。

>> 「大阪新歌舞伎座」の解説
>> 「道後温泉本館」の解説

  • 前へ
  • 4/6
  • →
  • Drawing
  • Profile
  • Data

TOTO通信WEB版が新しくなりました
リニューアルページはこちら