Case Study #3

社会資源の発掘/3
空洞化ビルのモザイク・リノベーション

彌田徹、辻琢磨、橋本健史の3氏は、浜松の中心市街地においていくつものリノベーション作品を手がけてきた。それら一つひとつもアイデア豊かだが、いずれも半径500mほどの徒歩圏内のビルにモザイクのように散在し、全体で街をもじわじわと活性化。空洞化していたビルが、生まれ変わろうとしている。

プロジェクト 「カギヤビル・三展(さんてん)ビル・渥美マンション」
設計 403architecture [dajiba]彌田 徹+辻 琢磨+橋本健史

取材・文/杉前政樹
写真/傍島利浩(特記を除く)

  • カギヤビル
    浜松の中心市街地にある築50年以上のRC造4階建ての雑居ビル。複数の権利者が共同して所有している「共同建築」のため、建て替えが難しいまま、空洞化が進んでいた。

  • 三展ビル
    築50年ほどのRC造2階建ての雑居ビル。はす向かいのカギヤビルと同様に「ゆりの木通り商店街」という目抜き通りに面して立っている。

  • 渥美マンション
    築45年ほどのRC造6階建てのマンション。壁式RC造であり、柱型や梁型の出ない構造になっている。中央に設けられた階段が印象的。

「カギヤビル」はJR浜松駅から北西に徒歩10分ほどの交差点沿いに立つ雑居ビル。戦前のレトロ建築のような凝った意匠はなく、むしろ意識しないと見過ごしてしまいそうな建物だが、よくよく観察すると、築50年以上を経たスチールサッシやガラスブロックが味わいぶかい。戦時下の空襲で壊滅的な被害を受けた浜松では、復興にあたって大通り沿いを防火帯にするために複数の権利者が集まり、「共同建築」と呼ばれる鉄筋コンクリート造のビルが大量に建てられた。だが権利関係が複雑なゆえに建て替えが進んでおらず、とりわけ浜松は老朽化した共同建築が数多く残り、市街地の空洞化が問題となっている。「カギヤビル」もそのひとつだったが、現在は16室中、空きは1室のみ。テナントにはあか抜けたアパレルショップや雑貨店、ギャラリーが入り、恵比寿や目黒にでもありそうな、感度の高い人気スポットとなっている。いったい何が起きているのか。

敷地を設計するという発想

 始まりは2012年。このビルを購入した地元の不動産会社は、ボロボロな状態の建物に最低限の手を入れてスケルトンにし、若いクリエイター向けに貸し出した。床も壁もコンクリートむき出し、ガス水道も共用部までで、内装は好きなだけ自由にできて原状回復の義務もない。4階にギャラリーを設け、2階に地元出身の人気写真家・若木信吾氏がオーナーの書店が入ると、そこに出入りする人々やイベントなどを通じて評判が広がり、やがてテナントはほぼ満室となった。
 この復活劇で重要な役割を担ってきたのが、浜松を拠点に活動する設計事務所403architecture [dajiba](以下、403と省略)である。「カギヤビル」内に「鍵屋の敷地」「鍵屋の階段」「鍵屋の基礎」の3つのテナントの改装を手がけている。それにしても、敷地とか基礎とか、なぜこんな不思議なネーミングをするのか、という疑問は、現地を訪れてすぐに氷解した。確かに彼らは建築空間の部分を設計しているのだ。たとえば「鍵屋の敷地」。これは店内を小分けにして、商品を置くスペースを月極で貸す「ニューショップ浜松」の内装だが、403がデザインしたのは、杉材の頂部に100㎜角のタイルを貼った、面積も高さもまちまちの展示用什器。出店希望者はタイルの枚数につき月100円(諸経費別)という手軽な賃料で極小ショップのオーナーになれる仕組みだ。これは建築の内部に「敷地」を借りるという「発想の設計」といえよう。什器のデザインでありながら、従来のモノの見え方が変わってくる。そんな小さな驚きがこの空間には仕掛けられている。
「鍵屋の基礎」は洋服をリメイクして販売するアパレルショップ。ここでも403が設計したのは、コンクリートブロックとガラスに囲まれた小空間のみ。その内部はミシン作業スペースとなっている。通りから見ると、店舗内に「小さな工房建築」が差し込まれ、まるでDJブースのように、街行く人が古着をリメイクする店主の手さばきを見物することができるのだ。
「鍵屋の階段」は、シェアスペース用の部屋に階段状の構造体を挿入。踊り場にあたる部分を宙吊り構造にしてダブルベッドサイズのロフトに仕立て、遊び心たっぷりのスペースを創出している。
 いずれの計画も手を加える要素は最小限でありながら、既存建物のもつポテンシャルを「建築的な変換」で向上させようという意思を感じさせる。

  • カギヤビル 鍵屋の階段
    側面から見たロフト。
    語学教室や事務所として使用されていた部屋に、ロフトをつくりシェアスペースとしても使用できるようにしたもの。 ロフトは階段や階段の踊り場に見立ててつくられている。階段の部分が机にもなる。構造は一部鉄骨造。

  • カギヤビル 鍵屋の階段
    ロフト内部。

  • カギヤビル 鍵屋の敷地
    ショップ全景。
    100㎜角のタイルを単位としてショップの場所を提供。タイルひとつで月100円。

  • カギヤビル 鍵屋の敷地
    レンタル中のタイル。

  • カギヤビル 鍵屋の基礎
    ショップ外観。
    製作工房を中心にすえたアパレルショップ。コンクリートブロックのところが工房になっている。

  • カギヤビル 鍵屋の基礎
    内観。

小さくてもいい自分の手でつくる喜びを

 403は、横浜国立大学の同期生だった彌田徹さん、辻琢磨さん、橋本健史さんの3人が集まって11年に設立。きっかけはその前年に開催された第1回浜松建築会議での出会いだった。「カギヤビル」から大通りをはさんだ向かいに立つ「三展ビル」の空き室を使ったワークショップに携わっていた3人は、隣室で美容室を営む林久展さんと知り合う。こちらも築50年超の老朽化したビルだが、美容室内は年季の入った中古家具と観葉植物がいい具合にマッチして、すこぶる居心地がよい。ここは工作好きな林さんが古い家具を集めてきてはアレンジし、コツコツと自作してつくり出した空間。室内にはスケボー板を再利用したブランコや、跳び箱にキャスターを付けた本棚など、自由な発想から生み出された個性的な家具であふれている。
 浜松出身の辻さんは当時、横国大の大学院を修了したものの就職せず、このまま東京の設計事務所で働くのがいいことなのかと悩んでいた。そこに、肩肘張らずに自分のやりたいことで自由に生きている林さんと知り合い、こういう生き方もいいなと思ったという。同じ大学院で学んだ橋本さんはというと、横浜港の敷地に巨大コンプレックスを計画、といった都市的なスケールの研究をしてきたこともあり、その反動で、小さくてもいいから自分たちの手でつくることから始めたいと考えていた。彌田さんは大学院から筑波大に進んだが、住んでみると横浜よりもむしろ魅力的で、これからは地方都市がフィールドとしておもしろいと考えていたという。着目点は微妙にずれているが、浜松ならばやっていけそうな予感があった。いわば3人それぞれが、この地に埋もれている「社会資源」の匂いを嗅ぎつけたということになる。

廃材の寸法からデザインが立ち上がる

 とはいえ、最初から順風満帆だったわけではない。初めての依頼は「渥美の床」。美容室の林さんが借りているマンションの和室の、しかも「床だけ」をリノベーションする仕事だ。先述のように林さんにとって大工作業はお手のものなので、キッチンやリビング、浴室は自分でリフォームし、駆け出しの建築家に1室だけ「仕事をつくってあげた」という感覚に近いのかもしれない。だが机上でしか建築を学んだことがない彼らは、自分の手で作業できることをむしろ喜んだ。林さんに工具を借りて使い方を教わり、隣室の天井を壊し、仕組みを観察。そこで出た廃材を細かく切断してモザイク状に床に敷き詰め、サンダーで磨いた。むろん素人仕事であるから平滑にはならない。だがその凸凹が足裏に妙に心地いい。
 2番目の「三展の格子」もクライアントは林さん。美容室内に休憩スペースがほしいという依頼に対して、資材は屋上のロフトスペースを解体して出た廃材しかない。そこで彼らは廃材を採寸し、模型をつくってパズルのように組み替え、ルーバーで囲まれた2畳ほどの極小空間を設計した。つまり廃材の寸法から編み出されたデザインだ。通常とは逆の発想から出発しつつも、単にエコロジカルであるというだけでなく、造形的な飛躍を遂げている。

  • 三展ビル 三展の天井
    ビルの前後にある大きな窓からの採光をさえぎらないように、天井に設けた収納。アパレルショップの商品の陳列にも役立っている。

  • 三展ビル 三展の什器
    眼鏡店の内装。
    積層ダンボールによる内装には、商品のメガネを刺すこともでき、内装を兼ねた什器になっている。メガネやサングラスの耳にかける部分を、ダンボールに刺して陳列している。

  • 三展ビル 三展の什器
    ショップ全景。

  • 三展ビル 三展の格子
    美容室の内部にあるスタッフの休憩室。ビル内倉庫のロフトの床材を解体して転用したもの。

  • 三展ビル 三展の格子
    美容室全景。左手に休憩室。

既存を肯定して都市の懐に飛び込む

 このようにして、403は既存ストックのよさを生かしつつ、そこに独自のアイデアをプラスすることで活動の幅を広げてきた。彼らはデザインをすべてコントロールすることをよしとせず、老朽化ビルを借景に、雑多な要素を受け入れ、調和させることを優先する。その背景には、古い空間に価値を見出し、センスよく使いこなすクライアントの存在があった。彼らの多くはかつて東京や海外などで働き、浜松に戻ってきた地元出身者だ。こうした人的財産もまた、街がもつ「社会資源」のひとつといえるだろう。
「私たちは日本が成長していたよき時代の“上澄み”で生きているような感じがします」と403は言う。彼らは若くして個性的なクライアントの懐に飛び込み、制約だらけの現場を踏みつつも、それを逆に楽しむことで設計の発想源としてきた。
 モノがあふれ、人が減りゆく時代、これからの都市に本当に必要とされていることは何か? この切実な問いに対し、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返さずとも、都市にはまだ十分な社会資源が眠っていることを、彼らは浜松での設計活動を通じて、身をもって証明しているように思えた。

  • 渥美マンション 渥美の収納
    手編み教室のための収納。既存のアイロン台や黒い棚を、新しい収納と組み合わせている。既存と新設の棚の寸法を合わせてつくっている。

  • 渥美マンション 渥美の個室
    403architecture [dajiba]の事務所兼住居。柱型や梁型がなく天井や壁が平滑になっている。机や収納などは自ら施工。

  • 渥美マンション 渥美の床
    部屋の全景。
    隣室の天井を解体し、その野縁の材料を床に転用したもの。野縁は、均等な厚みに切断して、床に敷き、最後に、サンダーによってならし、肌触りよく滑らかな床にしている。

  • 渥美マンション 渥美の床
    細分化して床に敷き詰められた、元野縁の材料。

  • 「カギヤビル」
    建築概要
    所在地 静岡県浜松市
    改修設計 (一部) 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    ●鍵屋の敷地
    主要用途 ショップインショップ
    構造 木造
    施工 門西建築
    階数 地上4階の1階部分
    室面積 32.81㎡
    設計期間 2013年7月〜2014年5月
    工事期間 2014年6月〜7月
    ●鍵屋の階段
    主要用途 スタジオ兼シェアスペース
    構造 木造(一部鉄骨造)
    施工 門西建築
    階数 地上4階の4階部分
    室面積 25.58㎡(一部の改修を担当)
    設計期間 2014年6月〜2015年2月
    工事期間 2015年2月〜3月
    ●鍵屋の基礎
    主要用途 アパレルショップ
    構造 コンクリートブロック造、木造
    施工 杢理
    階数 地上4階の1階部分
    室面積 32.66㎡
    設計期間 2015年2月〜7月
    工事期間 2015年8月〜9月

  • 「三展ビル」
    建築概要
    所在地 静岡県浜松市
    改修設計(一部) 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    ●三展の格子
    主要用途 美容室内部の休憩室
    構造 木造
    施工 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    階数 地上2階の2階部分
    室面積 54.59㎡(一部の改修を担当)
    設計期間 2011年5月〜6月
    工事期間 2011年7月
    ●三展の什器
    主要用途 アイウェアショップ
    構造 鉄骨造(積層ダンボール仕上げ)
    施工 分離発注
    階数 地上2階の1階部分
    室面積 46.57㎡
    設計期間 2013年3月〜6月
    工事期間 2013年7月
    ●三展の天井
    主要用途 アパレルショップ
    構造 木造(一部鉄骨造)
    施工 門西建築
    階数 地上2階の2階部分
    室面積 58.47㎡(一部の改修を担当)
    設計期間 2014年6月〜11月
    工事期間 2014年12月〜2015年1月

  • 「渥美マンション」
    建築概要
    所在地 静岡県浜松市
    改修設計 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    ●渥美の床
    主要用途 寝室
    構造 木造
    施工 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    階数 地上6階の6階部分
    室面積 64.20㎡(一部の改修を担当)
    設計・工事期間 2011年4月
    ●渥美の個室
    主要用途 事務所兼住居
    構造 木造
    施工 彌田徹+辻琢磨+橋本健史/ 403architecture [dajiba]
    階数 地上6階の4階部分
    室面積 64.20㎡
    設計期間 2012年3月〜6月
    工事期間 2012年7月〜8月
    ●渥美の収納
    主要用途 手編み教室兼住居
    構造 木造
    施工 和功建築
    階数 地上6階の6階部分
    室面積 64.20㎡
    設計期間 2012年9月〜10月
    工事期間 2012年10月〜12月

Profile
  • 彌田 徹

    Yada Toru

    やだ・とおる/1985年大分県生まれ。2008年横浜国立大学建設学科卒業。11年筑波大学大学院芸術専攻修了。11年403archi-tecture [dajiba]設立。


  • 辻 琢磨

    Tsuji Takuma

    つじ・たくま/1986年静岡県浜松市生まれ。2008年横浜国立大学建設学科卒業。10年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。10年Urban Nouveau*勤務。11年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。11年403architecture [dajiba]設立。

  • 橋本健史

    Hashimoto Takeshi

    はしもと・たけし/1984年兵庫県生まれ。2005年明石工業高等専門学校建築学科卒業。08年横浜国立大学建設学科卒業。10年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。11年403architecture [dajiba]設立。





    403architecture[dajiba]
    おもな作品=「頭陀寺の壁」(11)、「海老塚の段差」(11)、「富塚の天井」(12)。

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