バスは中庭にある ルヌガンガ ホームページへ

「冬の蛍」……歌の曲名みたいな情景に出会った。
 スリランカ(*1)の西海岸、コロンボとゴールのあいだにベントータという町があり、そこからちょっと内陸に入ったところにその「楽園」がある。
 あまり知られていないが、ジェフリー・バワ(*2)というリゾートホテル設計の神様ともいわれる人の作品をいつか見たいと思っていたのだが、気のおけない仲間たちとその機会を得た。
 バワは2003年に亡くなったが、珠玉のような建築をいくつも遺している。若いときに湖に突き出した半島状の広大なゴム園を入手し、以後50年にわたって手を入れつづけた。「楽園」はバワ終焉の地となり、丘で荼毘に付され遺灰が撒かれた。そのルヌガンガが季節営業だが財団の手でホテルになっているとあっては、どうしても泊まらなくてはいけない。
 熱帯林に囲まれたなだらかな緑の丘が、南北ふたつの静かな水面と低地の上にある。現実の世界から隔絶された苑内には、昔の建物を改装したメイン・ハウスを中心に、ゲート・ハウス、グラス・ルーム、ガーデン・ハウス、アート・ギャラリー、シナモン・ヒル・ハウスなどのヴィラというか邸宅風の建物が木陰に点在、すべて意匠が異なりたいへんおもしろい。古いものがたくさんちりばめられているが、斬新で大きな白黒市松の床があったり、北欧の照明があったりして、たくさんのコレクションがインテリアデザインに微妙に調和している。そして決して古くない。趣向にあふれた個人邸を垣間見るようだが、ちらりと独特の趣味も。同行したデザイナーのIさんは「美しき退廃」と評した。なるほど。広大なランドスケープには、彫像やプルメリアやジャック・フルーツの巨木が絶妙に配され、湖に近い低地には水田や睡蓮の池が広がっている。つまりどこを切り取っても「絵」になる。
 自分の「楽園」に好きなように手を入れつづけ、そこで最期を迎えて土に還る……最高の贅沢ではないか。
 そのシナモン・ヒル・ハウスの部屋に2泊した。メイン・ハウスから最も離れた緑の丘の奥。ベランダから入る。ここがいい。室内にはガラスなどなく、雨戸を開けると外気。高い天井、蝋燭の灯。なんとバスルームには立ち木が……というより中庭にバスタブが置いてあり、外を見たり、星を見たりで野趣あふれることこのうえない。ベッドルーム側のデスクからバスが見える窓があったりもするが。
 夜、バワも休んだであろうベッドに横たわる。フクロウの鳴き声。ヤマアラシやジャコウネコも歩きまわっているにちがいない。そのときである。ベッドのチュール(*3)の外に蛍が舞ったのだ。夢のようだった。はかなく点滅する光の動きを追っていると、なんとなくバワさんが近くにいてこちらを見ているような気がした。日本は寒い1月であった。

*1
Democratic Socialist Republic of Sri Lanka:スリランカ民主社会主義共和国。インド亜大陸の南東にある涙型の島国。面積は北海道の約80%。人口約2045万人。以前はセイロンといった。紅茶、宝石などを産する。ポルトガル、オランダ、イギリスなどに統治された歴史があり、近年には内戦があった。2004年のスマトラ沖大地震で津波の被害を受けている。コロンボとゴールは第1と第3の都会。
*2
Geoffrey Bawa(1919-2003):スリランカの建築家。西欧人とスリランカのシンハラ人のあいだに生まれ、裕福な家庭に育ち、コロンボ大学卒業後、ヨーロッパで数年暮らし、ケンブリッジ大学卒業後弁護士となる。いったん帰国した後、ロンドンのAAスクールに学び、38歳から建築活動。自己の感性を頼りにした革命的なリゾートホテルをつくり出す。2001年アガ・カーン建築賞。04年フランクフルトで回顧展。作品にはカンダラマ、ライトハウス・ホテル、ベントータ・ビーチ・ホテル、ホテル・アフンガッラ、ブルーウォーター・ホテルなどのリゾートホテルのほか、国会議事堂、シーマ・マラカヤ寺院、自邸の33rd. レーン、ルヌガンガ、大阪万国博セイロン館など。
*3
tulle:ヴェール状の薄織物、蚊帳のように使う。

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