特集/座談会

北山 あの頃感じたのは、社会が変わってきたということでした。ひとつには家族が変わった。東京ではひとりかふたりで住む人たちの割合が増え、彼らが自分たちに合った住まいを探しはじめたんです。それともうひとつ、95年はウィンドウズ95が生まれた年で、人々のコミュニケーションの手段が変わりつつあったんですよ。
大森晃彦 まさにインターネットが動き出したときですね。
北山 そう、その5年後、織山さんがコーポラティブハウスの募集をネットで始めた2000年頃には、多くの人がパソコン上で見た情報に大金を払って建物を1棟建てるところまで時代は行ってしまった。
大森 公共の集合住宅には建築家がかかわってきた歴史が連綿とありますが、民間の集合住宅では建築家はせいぜい外観やエントランスをデザインするだけで、なかなか中のプランにまで踏み込めなかった。それが、ちょうど95年頃から、経済的な変動のなかでそのままではだめだと考え、新しいビジネスを始める建築プロデュース会社が生まれ、建築家の活躍の場も広がったということだと思います。
北山 たぶん、従来のディベロッパーは、ある人にとってはいらないモノをいっぱい付けて商品として売っていたんですね、シャンデリアとか金の取っ手とか(笑)。そうではなく、もっと合理精神に基づいたシンプルな空間を用意するということに対して、賛同し支持する人が意外にたくさんいたということじゃないでしょうか。
大森 安藤忠雄さんのRC打放しがかっこいいという人が急増したのは、『ブルータス』とトレンディドラマの影響も大きい(笑)。
白井 ただ最近は少し傾向が変わってきましたね。『カーサ ブルータス』では年に1回、前年の1年間につくられた住宅をまとめて特集した号を発売していて、以前は集合住宅だけを集めたページをつくっていたんですが、去年からはそういうカテゴリー分けをなくしたんです。それはたぶん『カーサブルータス』がおもに、ファッションでいう「モード」――自分が着るかどうかは別として、時代の潮流として出てきた特異なもの、目立つものを取り上げているのに対し、集合住宅に関してはそういう最先端のモードは減って、洋服でいうとセレクトショップに行けば自分で買えるような「リアル・クローズ」が増えてきたからじゃないでしょうか。
北山 そういう意味では、スタンダードになったんですね。
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