編集ノート

手がかりは言語化できるのか

「設計の手がかりが見つからなくて……」と若い日を振り返って野沢正光さんは言っていた。2009年夏号の特集「環境を問う野沢正光さんの試み」でインタビューしたときだ。ここから今回の企画は始まった。
 思えば僕ら編集者は、なんであんな空間をつくれるのか、と建築家の作品を見るたびにいつも驚いていた。それなら、その生まれてくる作品の手がかりを率直に建築家にたずねてみようというのがそもそもの始まり。
 とはいえ、人間の発想の原点などそう簡単にみえはしない。意識のなかを探っているうちに生まれてくる何か、心を刺激する何かがあるらしい。
 言語化できるものならそれを語ってもらいたい。感じられるのは、その人たちが確たる自信をもって、その立ち現れるものを追求しつづけているという事実だ。
 今、日本の建築界には前代未聞の大きな波が走っている。みんなが苦しみながらその波を走らせるエネルギーを生み出している。総力を挙げているような気がする。ある人にとっては昨日つくったものはもう終わり。明日しかみていない。何が正しいか、何が生き残るかは未知数。
 少なくともそのエネルギーだけは感じないわけにはいかない。よいも悪いもない。いちいち驚き感動する。藤森照信さんの言葉ではないけれど、この時代にいてよかった。