特集2/ケーススタディ

未完成のデザインされていない状態

 設計者の宮森洋一郎さんは広島・呉出身で、広島の建築文化を牽引してきたひとりである。東京と大阪で組織事務所とアトリエ事務所に勤務後、実家の都合で広島に戻り自分の事務所を開設した。今から約27年前のことである。当時すでに一世代上の村上徹さんなどの建築家がいて、建築家が活躍できる素地はあった。大いに刺激を受けた宮森さんは当初、個性的で斬新な建物を設計しようという思いが強かったという。「つくろうとする行為にとって、敷地の条件や施主の要望は対立する項目のようであり、それらの折り合いをどのように付けていくかに苦労していた」と宮森さん。それが次第に前者を重んじるようになり、最近では、敷地条件や施主の要望を中心に据えているという。確かに作品によって建物の形状や素材の選定はバラエティ豊かであり、敷地条件や施主の好みによるところが大きいことが推察される。この建物がストイックな姿になっていることが不思議なくらいである。
 理由のひとつには、建物の施主が現代絵画のアーティストであったことが挙げられる。海外で活動を続けていた小林正人さんは自身の結婚を機に、この土地で自身の制作活動の新たな拠点を構えることにした。所属ギャラリーから人づてで紹介された建築家が宮森さんであった。最初の要望は次のとおり。住居スペースとは別にアトリエがいること。アトリエは作品を守るためにRC造とすること。アトリエに必要な寸法は高さ約4m、長さは約10m。全体の予算は3000万円。「なんとかできるだろう」と宮森さんは判断し、設計を進めた。
 自らの作品を生み出しつづけるアーティストの感性が、作品性の強い空間と合わないことは容易に想像できる。宮森さんは「完成しきらない状態で引き渡してほしい」と望まれた。何もデザインされていないところに住みたい、という要望である。要素がそぎ落とされたシンプルな箱は、まさに求められていたものであった。そしてこれは「単純・簡単・素朴」を目指すという、宮森さん本来の嗜好と合致したようだ。

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