昭和13年から続くものづくり
自然に囲まれた環境と
豊かな清流がつくりだす“酢”
お多福醸造株式会社 佐々木 孝雄さんに
お話をお聞きしました。

西のソースといえば「オタフクソース」
と、言われるほどのシェアを誇るお好みソースは、
1952年に製造・販売が開始されました。

そこからさらに遡ること14年。
1938年、のちにソースの重要な原材料にもなる“酢”づくりが始まります。
みんなが笑顔でしあわせになるようにと願いがこめられた「お多福酢」は、
現在も広島県大和町でつくられています。

水や環境とのつながり、地域との関わり。
お多福醸造株式会社 社長の佐々木 孝雄さんに、
酢づくりに欠かせない水のこと、また環境配慮への取り組みについて、
お話をお聞きしました。

  • お多福醸造株式会社

    醸造酢、合せ酢、発酵調味料など醸造製品を専門に開発、製造するために設立されたお多福グループの企業。良い水と澄んだ空気、豊かな自然があふれる広島県三原市大和町で「自然の恵みで天然の味覚づくり」を守り続けています。

良質な水でつくられる、
オタフクお好みソースの重要な原材料“酢”

お多福醸造株式会社というのは・・

お好みソースの原材料でもある醸造酢や各種醸造製品をつくっている会社です。
当初はオタフクソースの大和工場だったのですが、1999年にお多福醸造株式会社設立に伴い、大和町を本社としました。

ずっとお酢をつくられていたのでしょうか

オタフクソースの話になりますが、もとは、1922年創業の卸小売店です。
酒や醤油類の量り売りをしていたのですが、味覚に優れていた創業者がオリジナルブレンドの酒や米酢をつくるようになって、1938年に本格的に酢をつくる会社になりました。社名も株式会社になった当時は、お多福造酢株式会社でした。
ソースをつくり始めたのは、1950年になってからですね。

オタフクはソースとしては後発メーカーということですね

そうですね。最初のうちは全然取り扱ってもらえなくて、一軒一軒売り歩いていたそうです。お好み焼用ソースを販売するようになってから、酢よりもソースの方が有名になっていって。
お客様からも「オタフクソース」で覚えられるようになりました。

なるほど。お好み焼きとの出会いで、全国的に知られるように・・

はい。その後、広島から他県へ出ていかれる方が全国に広めてくださった。オタフクソース株式会社に社名が変わったのが1975年ですが、その頃は目の届く広島近県でしか販売できませんでした。
30年ほど前に先代が東京に支店を出してから関東方面への販路が拡大。容器の改良もして、密閉性や保存性が高まり、遠くまで送ることができるようになりました。

ここ大和町にはいつから?

造酢専門の工場として稼働し始めたのが、1990年です。特に雨が多い地域ということでもないんですが、近くにある山は昔から「水持ち山」と言われていて。水が湧いてでる場所なんです。

エコカフェ企画による、暮らしの達人インタビュー。人と暮らしの間にある様々なモノ・コト。多種多様なジャンルで活躍されている方に、環境のこと、暮らしのこと、生活を豊かにする秘訣、などなど、様々な角度からお話をお聞きするコンテンツです。

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