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スミルハン・ラディック展 BESTIARY:寓話集

講演会レポート
つくるんだ、という欲望をもつ幸福さ
レポーター=中川エリカ


 スミルハン・ラディック展へ行った。39個の模型(立体)、88のドローイング(スケッチ)、100冊のスケッチブック、2種類の映像、大きな写真パネル。多様で膨大な展示物による展覧会だが、一方図面はなく、テキストも極限に少ない。

 入ってすぐ、第1会場(3階)の展示室には、時系列も、つくった段階も、スケールもバラバラな模型(立体)群が、細長い台の上と壁面にある。どの模型にも、それぞれの模型のスケールに合わせた小さな人がいること以外、共通点はない。そこにいる小さな人の目線で模型を覗こうとすると、かがんだり、体をよじったり、とにかく、色んな格好をしなければならない。通りすがりにパパッと上から5秒くらいで眺めるのではなく、少なくとも90秒くらいは、ジーッと模型を横から覗き込んでみる。そうしなければ、この模型群を読むことはできなさそうだ。

 台の上で一列に並んだ模型(立体)は、ざっくりおおまかに言えば、すでに建築のプロジェクトになっているものと、まだ建築になるかどうかもわからないもの(わからなかったもの)、という2種類に分類できる。
 前者は、小さい人の目線で覗き込むと、さまざまな場の質、環境の濃度が混じり合ったような不均質な空気のまとまりを感じることができる。図面でスタディをしてから模型をつくるのではこうはならないだろうと思わせるに十分な、複雑で多角的な点の集合が線を飛び越えて、いつの間にか立体になってしまったというような空間が、小さな、しかも単一の材料の模型から感じられるので、素直にワクワクする。実際のチリの光だとどんなだろうとか、どんな場所に建っているんだろうと、この建築について、もっと知りたくなる。
「NAVE-パフォーミングアーツホール」(2015)の模型 © Nacása & Partners Inc.
 一方、後者は、建築になるかまだわからない段階の立体なので、覗き込んでも、場の質は、まだ単調。前者のような、ひとくちで色んな味がするような奥行きはない。けれど、材料としては、逆に複数の種類が合体している。合体というより、彼の言う<コラージュ>という言葉が適当なのだろう。これらの<コラージュ>では、立体をバランスとして見ている。ここで重要なのは、バランス、といっても形のエスキースなのではなく、関係性のエスキースだということだ。彼が目指しているのは、形ではない。
 とりとめのない複数種類の材料の<コラージュ>が、彼本人をはじめ、友人であり模型職人でもあるアレハンドロ・リューエルや、妻であり彫刻家でもあるマルセラ・コレアや、ファミリーのようなオフィスのスタッフなど、さまざまなフィルターを通して、いつしか、複雑な質や濃度の混じり合った建築に変貌する。彼の発想と変化のプロセスのすべてをうかがい知ることは到底できないが、想像できることは、<確信の現れ>は一回性ではなく、現在だけではない時間をも孕みながら、積み重ねられ、充足されて初めて建築に昇華する、ということだ。
ランプの塔(2015) © Nacása & Partners Inc.
 第2会場(4階)の展示室の奥の壁に投影された、向かって左側の映像「オレンジノイズ」は、彼自身の思想や背景を読み解くヒントである。その冒頭、彼の祖父は、クロアチアから飢饉を逃れて移住した移民であることが語られる。そして、「移民というのはいつも、新しいものへの違和感と、目の前のものを受け入れて生産性を見出す力をもっている。自分もそうであることを願う」と語られる。

 彼は講演会で、「waiting for something」と言っていた。「新しい生き物は、開放感や自由を生み出す。歴史を紐解き、既存のパーツを組み合わせてつくる。それが<確信>を生む。異様なもの、よそから入ってきたものと折り合いをつけるときに、新しい歴史がはじまる」と。そして、「<fragile>というのは、見た目の儚さではなく、時間に対する意味である。形ではなく、醸し出す雰囲気が重要だ。だからそれをつくるのだ」と。さらに、「ただ建築家でありたい。変わりゆくことが重要なのだ。スケールを横断しながら、繰り返すことが重要なのだ。優れた建築家は、建築から形だけでなく、人物のキャラクターが見える」と。
© Nacása & Partners Inc.
 <確信の現れ>と彼が呼ぶ今回の展示物は、すべてを説明できなくても、何になるかわからなくても、とりとめがなくても、まずは、とりあえずやってみようという創造力そのものだ。そのすべてが、夢中でやった創造の悦びである。わたしが一番感動したのは、展覧会場全体がつくる悦び、もっと言えば、「つくるんだ」という欲望をもつ幸福さに溢れていたことだ。彼は、遊びに対する憧れと発明の精神を、彼なりの適切な方法で結びつけながら、建築をしている。方法といっても、理論のような一本道ではなく、ジャンプしたりワープする、多元的な枠組みの回路みたいなものだ。実験する楽しさや悦びは、本来、何になるかわからない自由さにこそ、あるはずだ。
© Nacása & Partners Inc.
 そんな、機能や目的から解放された創造力無限大パワーに触れ、日頃わたしは、<創造力>が扱える領域を、勝手に狭めてしまっていたのではないか、ということに、ふと思い至る。最近のわたしたちは、日常や現在そのものから、直接的に建築をつくりすぎていないだろうか。密かに反省しながら、とりあえず、もう少しの間、展覧会場に居たくなった。
中川エリカ Erika Nakagawa
1983年生まれ。2005年、横浜国立大学工学部建設学科建築学コース卒業。2007年、東京藝術大学大学院美術研究科建築学専攻修士課程修了後、オンデザイン勤務。2014年に中川エリカ建築設計事務所設立。2012年、横浜国立大学非常勤講師。2014-2016年、横浜国立大学大学院(Y-GSA)設計助手。現在、東京藝術大学、法政大学非常勤講師。

主な作品は、「ヨコハマアパートメント*」(2009年)、「村、その地図の描きかた*」(2012年)、「ライゾマティク新オフィス移転計画」(2015年)、「コーポラティブガーデン*」(2015年)、「桃山ハウス」(2016年予定)など。主な受賞は、2011年度日本建築家協会JIA新人賞*(2012年)、第15回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展 国別部門 特別表彰*(2016年)など。(*は西田司との共同設計及び受賞)
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著者=スミルハン・ラディック