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5都市連続講演会「Possibilities in the Shifting World」Vol.1 福岡/九州大学 ヴォ・チョン・ギア講演会 「Save our Earth」

講演会レポート
「ソーシャル・インパクト・アーキテクチュア」
レポーター=田上健一


「アジアの日常から:変容する世界での可能性を求めて」を主題とする5都市連続講演会は、アジアフォーカスを政策として掲げる福岡から始まった。
エルウィン・ビライ氏の主旨説明、藤原徹平氏の展示空間デザイン解説のあと、ヴォ・チョン・ギア(ベトナム)氏は力強い日本語で淡々と自らの作品とその背景を語り始めた。

ハノイやホーチミンといったベトナムのメガ都市はあまりに過密なこと。あふれんばかりのバイクで交通渋滞と大気汚染がひどいこと。緑地は全市域のわずか0.25%しかないこと。コンクリートとブロックで埋め尽くされたメガ都市にはオープンスペースが殆どないこと。屋外のレクリエーションやエクササイズの場もなくみんな酒ばかり飲んでいること。自然から遠ざかるせいなのかうつ病になる人が絶えないこと。若者の学習意欲ややる気が年々減少していること、もともとは熱帯の豊かな緑に包まれ人々の暮らしも豊かだったこと、など。
(写真右)ベトナム、ホーチミンシティ © Vo Trong Nghia Architects
「樹木」のために「家」をつくる、というテーゼで建てられた代表作「House for Tree」のオーナーもうつ病を患っていたという。風が抜けるオープンスペースの創出と立体化してより人に近づいた「樹木」が、次第にオーナーを元気にし、「家」は近所の人たちが集まる場となった。「家」の躯体は「樹木」のための鉢でもあり、雨水を貯留する鉢でもある。ハノイじゅうに共感の輪が拡がれば洪水のリスクも低減していくのだろう。

メビウスの輪のように屋上庭園が連続する幼稚園「Farming Kindergarten」は屋外活動だけでなく食や農業の経験をもたらし、まるで小さな山のような大学キャンパス「FPT University」も木々が人に寄り添う。世界の約50%の人が都市に暮らし、都市に住む人は大部分の時間を建物の内部で過ごす。人は周囲の環境から影響を受けそして与える。相互に作用を及ぼすはずなのに、私たちにその実感は乏しい。ギア氏の建築では、「樹木」が主役で人が脇役となり、「樹木」がダイレクトに人の五感を刺激している。
カフェ(Banboo Wing)やレストラン(Son La Restaurant)、ミラノ万博パビリオンなどの大空間では構造材としての竹が主役となった。こんなに大量の太径で長尺の竹はどこから持ってきたのだろう、と考えていたら、ギア氏の出身の村からだという。栽培・伐採・加工・施工の専門の職人を自ら雇用し、いわゆる地域振興も担う。ギア氏は多くは語らなかったが、竹はわりとやっかいな材料だ。伐採時期により耐久性や耐虫性が大きく変わるし、あぶり方によっても耐久性が一変する。一見粗野な構造に見えても、竹の性質を知り尽くした上でなければ建築材としては成立しない。竹の束ね方あるいはしなやかな曲げ方は、既存の素材にかたちを与え、シューマッハーの中間技術の体現ようでもあり、奥深い。

九州大学芸術工学研究院の藤原恵洋教授、土居義岳教授、ギア事務所の元スタッフ岩本真明氏、ギア氏による対談では、「社会の成長と建築」と「建築の強度」などが話題となった。

竣工した作品群を過剰な投資や消費的建築とは対極のサステイナブルな存在と位置づけするのは簡単だが、建築家が空間・技術・工期・予算・人・場所・時間と全てに入魂しなければ、それぞれの質は高まらない。ギア氏の際だって自信に満ちた表情と、受け答えはそれを物語っていた。
講演を聴いていたら、そういえば最近、設計をしている、あるいは終えたときに無性に感じる感覚があることを思い出した。無力感や非力感といったものか。施工の現場でも、ただただ設計図書通りにできているか、美しく納まっているかにばかり目がいき、それで満足する。建築に何ができるのかという繰り返し問われてきた根源的な問いに、答えられていないのではと自戒の念がこみ上げる。

建築をつくることは、よい社会のための人をつくること、とギア氏は言い切る。建築家とは、専門家であり、プロジェクトのまとめ役であり、経営者であり、教師であり、職人であり、問題の解決者なのだろう。そうやって生み出されるギア氏の建築は、「強さ」と「あたたかさ」を持ちながら社会に問いかけ続ける、ソーシャル・インパクト・アーキテクチャなのだと思う。
田上 健一 Kenichi Tanoue
1966年
熊本県生まれ
1992年
マンチェスター大学建築学部大学院修了
1992年
日本設計
1996年
琉球大学工学部助手
2004年〜
九州大学芸術工学研究院准教授
一級建築士事務所 The Architecture of Empowerment 主宰
TOTO出版関連書籍
監修=エルウィン・ビライ
著者=チャトポン・チュエンルディーモル、
リン・ハオ、ヴォ・チョン・ギア、
大西麻貴+百田有希、チャオ・ヤン