Campo Baeza Architecture. The Creation Tree
2009 6.25-2009 8.29
展覧会レポート
ギャラリー・間 カンポ・バエザの建築 展覧会レポート
レポーター:菅原大輔
 
“人間が自ら周辺を制御する能力、すなわち地上を制しようとする能力は、自らの存在を通したあらゆる存在との絶え間ない関係の中に見いだせる”
――アルベルト・カンポ・バエザ

「概念」、「光」、「重力」。アルベルト・カンポ・バエザは、この3つの要素を中心に建築を語り、つくりあげる。これらは、これまでの建築の歴史の中で長年に渡って語られ、利用され続けてきたものである。だから一見古臭く、人間を受け入れない「建築家の自己満足のため」の建築を目指す言葉であるかのような印象を与える。しかし彼の実作品や文章に触れてみると、その印象は脆くも崩れ去っていく。彼のつくった空間が前提とするのは、生身の人間、つまり「重力」が規定する地面の上を移動し、変化する「光」を頼りに環境の把握と運動を同時に行う「意思」をもった「体感する人間」なのだ。そのとき建築は、生身の人間と風景の間に介在し、その周辺を制御し、一体化させ、体感される環境をつくりあげる。その環境こそが、カンポ・バエザがつくり出す風景である。

カンポ・バエザの風景
カンポ・バエザ建築は、ふたつの方法で風景と関係を結んでいる。
 風景の美しさが建築を生み出し、建築が風景の美しさを引き出すような関係が、そのひとつとして挙げられるだろう。「デ・ブラス邸」(2000年)や近作の「オリニック・スパヌ邸」(2008年)では、重厚な基壇とその上にふわりと浮かぶ薄い水平屋根が印象的である。その間にあるガラスボックスは、風景に溶けていくような透明感とともに、人間を優しく包み込む。写真を眺めていると、その建築の美しさに目を奪われる。しかし、それだけがこの建築の魅力ではない。ガラスボックスに佇むと、基壇と屋根に切り取られた美しい風景が広がっている。季節の中で変化し、どこまでも続いていくような風景がそこにはある。
 もうひとつの方法は、建築でつくりあげる光と影による風景との関係であろう。あまり美しいといえない既存の風景や、建築用途から周辺環境とは切り離される空間がある。「グラナダ貯蓄銀行本社」(2001年)や「ベネトン託児所」(2007年)では壁は高くそびえ立ち、屋根はその大壁面を結びつけるように大空間を覆う。そこで繰り広げられるのは、カタチを変えながら大空間を動き回る光と影のスペクタクルである。「グラナダ貯蓄銀行本社」では、荘厳で力強い光がゴシック教会に似た印象をつくり出し、「ベネトン託児所」では光が軽快に床の上を踊る。これらのスペクタクルは、風景の根源ともいえる太陽の光と建築の開口部によって周到に演出されたものだ。その演出によって、人は太陽の運行を意識し、風景の中にいる自分に気付く。
 カンポ・バエザがつくり出す風景は、その本質的な魅力を写真で切り取って表現することが難しい。美しい山々や砂浜でカメラを構えたとき、その魅力の一部でも捉える事ができないのと同じもどかしさがそこにはある。その難しさは、写真という視覚装置の限界を表わしている。しかし同時に、人間の体がもつ感覚と、建築がつくり出す魅力の可能性を明らかにしているともいえる。

展覧会場での体感
 展覧会では、彼の作品がもつ体感が、どのように埋め込まれているのであろうか。今回の展覧会では、特別な仕組みが採用されている。それは建築界を牽引するカンポ・バエザ氏の個展であるにも関わらず、展覧会のキュレーションと会場構成を第三者が行っている点である。これを手掛けているのが、キュレーターのマニュエル・ブランコ氏である。つまり、そこで展開されるのは建築家自身の自己評価ではない。他者によって客観的に観察されたカンポ・バエザである。
 ブランコ氏が展覧会を構成する上でその思考の中心に据えたのが、ランドスケープである。ブランコ氏はカンポ・バエザ氏の建築に、既存の風景を観察し、利用して体感させる日本庭園的要素を見出していた。そして、展覧会場でもその体感は用意されていた。

 展覧会場は、スケッチや写真が中心となる第一展示室と、模型と動画による第二展示室に分かれている。第一展示室の奥には「ゲレーロ邸」(2005年)の写真、それと対になるかのように、連続する中庭の端には「ベネトン託児所」の写真が設置されている。これらふたつの写真に挟まれた空間には視界を遮るものが一切なく、一体的な展示空間として扱われている。
 このフロアで最も重要な役割を果たしているのが、巨大な樹木のインスタレーション“The Creation Tree(創造の樹)”である。その樹木は葉に見立てられたカンポ・バエザ氏のスケッチ群によって構成され、中庭に隆起した庭石と対をなすように、天井面から生い茂っている。風景がさまざまな感じ方を許容するように、このインスタレーションもまた、自由な鑑賞を可能にする。スケッチ群がつくりあげる枝葉の外形に沿って歩みを進めると、彼の思考を体系的に追っていくことができる。一方で、気になるスケッチがあれば、身をかがめ、大木の枝葉を通り抜けることで、好みのスケッチだけを飛ばし読みすることもできる。
 中庭の階段を上り第二展示室に入ると、床面に広げられた3つの大きな模型群と、光壁に埋め込まれたインタビュー映像が目に入る。ここでは、スケッチを通じて触れた思考の源泉を、模型と映像を通じてより具体的に感じることができる。
 ここで私たちを楽しませてくれるのは、光壁である。光壁には大きさの異なる覗き穴が散在し、その中にはカンポ・バエザ氏が思考の道具として実際に使用したスタディ模型が並んでいる。映像から流れる彼の声に耳を澄ませながら、光壁の周りを歩き回り、かがんだり、背伸びしたりすることでその模型群を発見・観察する。そして、設計の思考過程を体全体で感じることができる。

 スケッチの木陰を見上げたり、光壁を覗き込んだりすることで生み出されるこの空間体験は、草原や山々といった風景を散策する体験を思い出させる。つまり、展示空間で感じることができるのは、建築のカタチがもつ視覚的な魅力だけではない。その建築が人間と風景の間に介在することで可能となる、「体感される」魅力である。そこれはまさに、カンポ・バエザがつくり出す風景の魅力といえるだろう。
デ・ブラス邸
マドリード、スペイン、2000年

©Hisao Suzuki
グラナダ貯蓄銀行本社
グラナダ、スペイン、2001年


©Hisao Suzuki
第一展示室。黒い空間の中に浮かび上がる“The Creation Tree”と背景の「ゲレーロ邸」

©Nacása & Partners Inc.
中庭。「ベネトン託児所」がもうひとつの背景をつくる

©Nacása & Partners Inc.
スケッチ群で構成された“The Creation Tree”

©Nacása & Partners Inc.
第二展示室。模型越しに光壁を見る。カンポ・バエザがその思想を語る

©Nacása & Partners Inc.
光壁の模型とブランコ氏による分析・作品年譜

©Nacása & Partners Inc.
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