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ギャラリー・間 100回展 この先の建築
ARCHITECTURE OF TOMORROW
2003 05.24-07.26
B-1  Report 2002.09.04
「IT時代の都市・建築」
ゲスト=月尾嘉男
レポーター:川上典李子
『2001年宇宙の旅』の原作者、アーサー・クラークが、映画公開当時の34年前と現在との最大の違いについて、こう述べていたことがある。映画に登場するHAL9000のようなスーパーコンピュータの人工知能に取って替わって、現在は分散型の小型コンピュータのネットワークによって情報を処理する方向に進んでいる、と。IT、さらには、都市の状況は刻々と変化を遂げている。
 
会場風景
会場風景
月尾嘉男氏
月尾嘉男氏
田尻裕彦氏
田尻裕彦氏

撮影=ナカサ・アンド・パートナーズ
建築や都市計画においても、我々は常に自らが置かれている場所を明解に感じ取る力、自分を取り巻く環境を把握する「21世紀の地形図」を個々に描くことが大切となるだろう。

田尻裕彦氏をナビゲーターとするBプログラム第1回のゲストは月尾嘉男氏。建築家を目ざして入学した東京大学では伊東豊雄さんと同期。大学院では丹下健三氏の研究室に所属し、研究室での設計にも関わる。「丹下先生ほか、大谷幸夫さん、他に磯崎さんや黒川さん、神谷さんという大先輩がおられましたが、当時はトレーシングペーパーで図面を描く時代。建築は自分に向いていないし、建築は産業としては衰退するのではないかと予測して、コンピュータの世界へ進みました」。大阪万博では観客の動きをシミュレーションしたり、磯崎さんが手がけたお祭り広場のロボットの制御システムにも関わった。また、伊東さんとはURBAN ROBOTのプロジェクトを行うなど、建築と関連しながら異分野へ移っていった人物だ。その後、インテリジェントビル、バーチャルリアリティ、インターネット等、各時代で「誰もやっていない分野」(月尾氏)にいち早く携わってきた氏が現在取り組むのはITの世界。それだけにITの現状を浮きぼりにするデ−タもふんだんに、社会を俯瞰する内容となった。

示されたデータの一部を紹介しよう。コンピュータ機器製造ではアメリカに次いで世界2位の日本だが、日本におけるコンピュータ普及率は世界で19位で、首位のアメリカの3分の2程度。「インターネットの普及」はスウェーデン、アイスランド、デンマークの北欧3国が順に上位を占めるなかで17位。「電子政府の水準」は17位、「電子商取引の利用」状況は31位(2001年度統計)。「日本は後進国ではないが、中進国」。あらゆる家庭に光ファイバーを通そうという「VI&P計画」をNTTが1990年に発表して世界を驚かせながらも、後に全米の教育機関を光ファイバーで結ぶ「NREN」(1991年)や全米の公的施設を2015年までにネットワークで結ぶ「NII」(1993年)等の計画を発表したアメリカに遅れをとっている日本の状況が示された。「サイバーフロンティア」計画を始め、IT社会への総合的な戦略を推進してきたアメリカとは異なり、90年代に明解な計画がなかったのだ。

世界ではすでに「IT」に代わる「ICT(Information and Communication Technology)」の言葉が用いられ始めている。デジタル回線を介して世界中のコンピュータと情報交換を行うなど、情報と技術を調和させることによる新たな時代の到来が注目されている。「電話や新聞、放送等に代わる新技術で、情報をやりとりする方法を一つに取り込めるのがICTの最大の力」。経済的な面では「情報技術の価格破壊」「通信料金の世界均一」「通信料金の時間定額」など、従来では考えられなかった状態が生じ、張り巡らされた情報網は地理空間の秩序をなくしていく。だれとでも直接通信できる手段は従来の階層構造秩序も破壊し始めた。消費者の好みに細やかに対応しながら生産を行うシステムも誕生するなど、様々な変化がある。小規模組織が能力を活かせる場も創出され、「大規模はいいこと」という哲学は通用しない時代となった。

発想の転換が求められる時代に建築や都市はどう変化するのか。月尾氏によると「定住集中型の都市から移動分散型の社会になりつつある。インターナショナルスタイルを代表とする画一的な建築から場所の特質を反映させる建築の時代へ。分離純化の都市計画から、可能な限り環境を複合混合する都市へ。自然と共生する社会、地産池消の社会へ……」。さらには「生活を重視した連体・協力の社会となり、民力が増大し、多様化した社会へ」。

もはや世界が「有限」であることも、念頭に置かなくてはならない。「人間中心に考えていた私たちは、そろそろ『縮小』すなわち、環境への負荷の縮小を考える時代に向うべき。生活向上を目標に進んできた結果、経済は拡大し消費も増大したが、環境への負荷も増大させた」。生活の向上はそのままに、エネルギー消費は減らす方法を摸索するための概念が私たちのよく聞く「サステイナブルな社会」の考え方だが、一例として挙げられたエレベータのコンピュータ制御の例が興味深かった。「早すぎず、遅すぎない」速度をITで制御することで総運行距離を1日当たり30%減少させ、結果として電力消費量を減少させたという。利便を享受しつつも負荷を減らすことが具体的になされている。

「建築も都市も阻害要因を排除することを前提に進んできたが、社会の流れに目を向け、建築の問題として真剣に考える機会は少なかったのでは」と田尻氏。「(本日の内容は)今後の建築、都市設計に向けた重要なヒント。建築に関わる人間には、次には何が求められるのかを捉える構想力が問われていく」とシンポジウムを締めくくった。

ここで示されたことは私たちを取り巻く現状そのもの。そのことを知り、10年先、100年先の都市環境そのものの変化を読み取ること、言い換えれば、現状という土台抜きで建築や都市を考えることはあり得ない。それも時代の流れにただ追従するのではなく、大きな環境の変化を視野に入れた建築や都市のあり方が求められるのだろう。例えばユビキタス時代やリナックス型の社会には、今後いかなる環境が求められるのか?

最後に会場から出された質問も、ITに対する参加者の日常的な関心のほどを示すものとして興味深いものだった。そう、このように、変化する社会を建築の立場から見、個々に問題意識を持つことが大切なのである。世の中のすべてがそうであるように、変化はプラスの面と同時に、新たな課題もまた生じさせるもの。そのことを冷静に捉えるためにも現場を知ることだ。折りしもヨハネスブルグでは「持続可能な開発に関する世界サミット」が開催され、「9・11」からはちょうど1年が経過する。世界の動きや技術進歩がもたらす新しい生活のあり方に目を向けた議論は、今後の建築を摸索する糸口になる。そう考えても、本プログラムは、シンポジウムの今後に続くプロローグでありベースとなるもの。「今後は1000年先を意識しながら、建築、空間設計の立場で考えてほしい」という月尾氏の言葉のとおり、大切なのはここから議論を重ねていくことに他ならない。
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