Vol.35 2011.8.31

自然の中で暮らすということ「石垣島の住宅」

取材・文 / 豊田啓介
写真 / 木田勝久(FOTOTECA)

(1)ダイニングからキッチンを見る。大開口の引き戸を開け放つと、どこからが外部でどこまでが室内かも曖昧に。

日本の南西端、台湾までも目と鼻の先の位置にある八重山諸島の主島である石垣島へは、羽田からは直行便フライトで2時間半、那覇からでも1時間ほどの距離である。フライトも終盤となり石垣空港へと高度を下げ始める飛行機の窓には、文字通りコバルトブルーのサンゴ礁に囲まれた島々が連なるように眼下に現れ、否応(いやおう)なく南国の島への期待感が膨らむ。海洋性の亜熱帯気候で全体に急峻(きゅうしゅん)な山が多い石垣島には、ここが日本かと驚くほどに豊かな自然が折り重なっている。実際に石垣島に行ってみると、独特の生態系で知られる西表(いりおもて)島がごく近いということにも納得がいく。今回の取材先、シーラカンスK&Hの設計による石垣島の住宅は島の北岸、市内から車で30分ほどの海沿いの小さな集落にある。いわゆる観光地ではないため車の通りもほとんどなく、周囲に見えるのはただただ豊かな自然と海と、限られた平地に広がる背の高いサトウキビ畑くらいだ。もともと島の人達が住んでいた地区ではないため、集落は島外部からの入植者が多い。

南の島、石垣

今回の敷地は海沿いのちょっとした高台の平地にあり、西側にはサンゴ礁の海が広がっている。道路に面した敷地の入り口脇には、以前から生えていたという大きなガジュマルの木がたくさんの実と涼しげな影を落としている。施主のKさんは、現在は東京との2拠点での生活だが、今後徐々に石垣に拠点を移していくのだそうだ。
車ですぐ行ける範囲に川平(かびら)湾などの世界的な観光地があり、マンタに会えることで有名なダイビングポイントもダイバーには垂涎のスポットだ。同じ集落内にもダイビング向けの宿が数件並び、夏にはダイビング客で賑わう。集落のすぐ目の前にある、普段はほとんど人もいない小さなビーチでシュノーケリングをするだけでも、サンゴ礁に囲まれた透明な水の中、色鮮やかな熱帯魚が泳ぎ回る様を見ることができる。ビーチからカヤックで海沿いに5分ほど北に行けば、マングローブの茂る川を遡上する探検気分も味わえる。近くの農園で飲める搾りたてのフレッシュジュースは濃くて甘くて絶品で、まさにここは南国だということを実感させてくれる。

石垣島に住宅を建てる

元は親戚が同じ集落内の土地を購入してペンションを始め、今回の住宅のオーナーであるKさんもその縁で12年ほど前から石垣島を訪れるようになったのだという。その中で始めたダイビングは趣味として今も続けていて、よく近くに潜りに行くそうだ。5年ほど前に別荘として、また将来の拠点として現在の土地を購入し、設計が始まったのが3年前。Kさんのお兄さんに勧められたシーラカンスK&Hに設計を依頼し、昨年末にようやく竣工した。石垣島という特殊な条件もあり、検討された案は住宅の規模に比べてかなりの数になるという。
Kさんは、もともと特に建築に興味があったわけではない。ただ、折角の特別な場所に家を建てる機会でもあるし、建てるなら自然に囲まれた環境を生かした住宅にしたいと考え、基本的な条件以外、デザインは全面的に設計者に任せることにした。最初に提案を受けた時は少し斬新すぎるかとも思ったそうだが、設計が進むにつれ徐々に感覚が掴めて行くと同時に、提案される案もよりシンプルなものへと自然と収斂(しゅうれん)していった。今回の設計の過程を通して、また実際に出来上がった住宅に暮らしてみて、特別なデザインの質というものが、個々の機能性などという視点を超えて、これほど大きく生活の質や心地よさに影響を与えるのかと実感したとKさんは言う。
「リゾートでもあるし、明るく開放的であることはもちろんですが、空間が豊かというか……、凄くシンプルなんですけど、何をしているでもなく居るだけで楽しい住宅なんです」
明快で開放的なつくりがとても気に入っているそうで、取材中も隣地の叔母さんが遊びに来て、涼しい風が抜けるキッチンでしばし会話を楽しんでいた。
住宅の横に立つ大きなガジュマルの木陰に象徴されるように、焼けつくような日差しの石垣島でも風通しのよい日陰は日中でも驚くほど涼しい。石垣島の気候を体感した設計者の堀場さんは、とにかく日陰と風通しがポイントだと考えた。最終的に実現された住宅は、平坦で開放的な敷地条件もうまく活かし、室内をできるだけ広く自由に使えるように間仕切りのない1つの箱として構成されている。平坦で開放的な敷地条件をうまく活かし、どの方位の壁にも床から天井まで届く大きな引き戸が設けられていて、これらを開け放てば、家全体がそのまま開放的なテラスになる。常に日陰に保たれる室内には日中でも涼しい風が抜け、艶のあるコンクリートの床のひんやりとした質感も手伝って、照りつける日差しからは守られながらも外気と一体になったような心地よい開放感が室内に満ちている。コンクリートブロック製の縦格子スクリーンに囲まれた土間からは、スリット越しに西側の鮮やかな緑と海が垣間見え、グレートーンのシルエットとの色のコントラストが鮮やかだ。やはり世界有数のリゾートアイランド、大都市の、日陰に入ってもむっとするような暑さとはとにかく質が違う。石垣島は山がちで、敷地の近くにも深い樹林に覆われた険しい山が迫り、亜熱帯気候ならではのバードウォッチングやウォーキングも楽しめる。山に入ればいわゆるジャングルの世界で、四季を問わずいろいろな珍しい鳥や虫、花などにも出会えるそうだ。

自然を楽しむ

この住宅は全体がほぼワンルームの構成で部屋に分かれていないため、ゲストを泊める前提にはなっていない。現在、同じくシーラカンスK&Hの設計で敷地内にゲストハウスの設計案がほぼまとまっており、来春には竣工する予定なのだそうだ。ゲストハウスが完成すれば、家族や友人などもより気軽に遊びに来られるようになる。もちろんゲストハウスも日陰と風通しを最大限に確保した、ごくシンプルな構成の建物になる予定だ。
住宅の東側、ガジュマルの木と向かい合う縦格子スクリーンの外側には彫刻的なコンクリートの階段が設けられていて、屋上に上がることができる。屋上に敷き詰められている芝生は、予算の関係で土だけだったところに、隣地に住む親類に手伝ってもらって断熱とアメニティ確保のためKさんが自ら敷いた。まだ半分以上が石垣島特有の赤土のままになっている庭も、時間をかけて徐々につくり込んでいく予定だという。急がない、というより急ぐ必要がない生活、いわゆるスローライフが実践できる環境がここにはある。
料理が好きというKさんは、台所で作業をしながら西側のテラスを通して見る景色が好きなのだそうだ。特に夕暮れ時には、コンクリートブロックの縦格子スクリーン越しに徐々に色を変える空がパノラマ状に見渡すことができ、艶のある床のコンクリートまでも空の色に合わせるように不思議にきらめきながら表情を変える。ゆったりとした時間の移ろいを感じる中、室内にはマジックアワーの光が満ちる。自然という最高のデコレーションを引き立てる装置として、シンプルさに徹した建物がその強さ、繊細さを最大限に発揮する瞬間だ。
屋上から眺める夕暮れの光景も何とも心地よい。目の前の舗装されていない道を歩けば数分で小さな白いビーチへと抜ける。ビーチには、サンゴ礁特有のコバルトブルーがどこまでも平坦に続く海と、入り組んだ山並みと白い砂浜とが入り組む幻想的な景色がただただ広がっている。



(2)(3)(4)
午後には縦格子スクリーンを通して、涼し気なストライプ状の日差しが差し込む。(上) リビングから土間を望む。艶のあるコンクリート床が涼しさを演出する。(中) シルエットに外部の緑と青が映える。(下)

(5)寝室とバスルーム。簡易な間仕切りで仕切られただけのシンプルな構成。背後には縦格子スクリーン越しにガジュマルも見える。

(6)住宅遠景。サトウキビ畑と背景の山の緑に、白い箱型が浮かび上がる。


(7)(8)道路側外観。ガジュマルの木がスクリーンに影を落とす。(上) 庭からの外観。増築計画も進行中。(下)

(9)屋上から西の海に沈む夕日を望む。


(10)(11)夕日を受ける建物西立面。白い壁が茜色に染まる瞬間。(上) 夕暮れの室内は、空の色を写し込んだ床とスクリーンで切り取られた西の空とが融け合う。(下)

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