どこか懐かしさを感じさせるベーシックな家具が人気のスタンダードトレード。建築学科を卒業後、家具づくりを学び、家具職人として独立した渡邊謙一郎さんが1998年に立ち上げた家具メーカーである。神奈川・横浜に工場を、東京・目黒区五本木と世田谷区玉堤に店を構え、自分たちがつくった家具を自分たちで売る、ユーザーと直結した「町の家具屋」を実践。さらに、住宅や店舗などのインテリアデザインと製作も手がけている。
今回紹介するのは、その渡邊さんの自邸。横浜市、根岸森林公園に面した丘の上に立つ築30年のテラスハウスを購入し、リノベーション。ご自身でインテリアデザインを手がけた。家具や造り付け収納はもちろん、キッチン、ドアや床・壁の木部の造作もスタンダードトレードで製作し、いわばスタンダードトレードの魅力が凝縮されたショールームとも言える。渡邊さんが「今、試したいことをすべてやってみた」という空間を見てみよう。
内も外も、環境がテーマ。
素材本来が持っている力を試してみる。
渡邊さんがこの仕事を初めてから、今回で3回目の引っ越し。毎回ご自身でインテリアデザインをしてきたという。「もう病気みたいなものですね(笑)。やり終わるとまた次にやりたいことが出てくる」からだ。
この場所と建物は、環境で選んだそうだ。これまでは東京・恵比寿に住んでいたが、日々、事務所との往復で、休みの日も外に出ることはほとんどなく、恵比寿という町を満喫することがなかった。ある日ふと、住んでいる場所に疑問を感じて、「環境のいい住宅街に住みたい。
どうせなら、目いっぱい環境のいい所に住もう」と、土地、物件探しを始めた。家を建てても、中古をリノベーションしてもどちらでもかまわない、とにかく環境で選ぼうと決心したそうだ。横浜で育った渡邊さんは、葉山や逗子、鎌倉なども探したが、東京にある仕事場との距離感や、まだ終(つい)の住処(すみか)ではないことなども考え合わせた結果、横浜市根岸という東京に近い神奈川で、自然のある静かな住宅街であることと公園を借景に出来る立地に惚れ込み、このテラスハウスを選んだという。米軍基地が近いことから外国人向けに建てられた物件で、テラス、庭のある2階建ての住戸が横に繋がる中の1軒だ。
「デザインするに当たって、恵比寿の住まいは『扉を開けたら素敵な空間』を目指したんですが、今度は『内から外を見て暮らす空間』を考えました」(渡邊さん)。
元の空間は、1階はキッチンとリビング・ダイニング、2階は個室とバスルームがあり、どちらの階も平面構成に大きな変わりはないが、仕切り壁や造作家具、設備機器はすべて取り払ってスケルトンとし、一からデザインしている。
1階は、玄関とキッチンの間にあった仕切り壁をなくしてワンルームとし、構造壁の向こうにソファコーナーを配した。広くシンプルなワンルームのアクセントとなっているのは、鳥を象(かたど)った大きな彫刻。修理を依頼されたがその途中で貰い受けたアフリカの神様の彫像だそうだ。この神様が来てからスタンダードトレードは右肩上がりとか。まさに渡邊さんの守り神となり、空間においても躍動感、生命力を与えてくれる。
内部からの眺めは、一方は公園の木々、反対側は庭の草木と、どちらを見ても緑にあふれ、空間構成はシンプルだが、実にのびのびとしている。そして、細部に目をやると、渡邊さんのこだわりや自邸だからこその試みがたくさん見られる。
「1階の床は、ナラの無垢材のヘリンボーンです。ヘリンボーンはこれまでも扱っているんですが、細かいものを試してみました。そして、無塗装なんですよ。経年変化でどう変わっていくのか、見てみたかったんです。どのくらい汚れるのか、またどのくらい自浄力があるのか、素材自体の力を試してみようと思って」(渡邊さん)コーナーに配されたソファはヌメ革張り。手触りも見た目も優しい風合いで、これも皮革自体が持つ力を試そうと表面に何の処理もしていない。さらにこのコーナーの2面の壁に張ったナラ材も無塗装。「人が長時間過ごす場所は調湿性のある木を壁にも用いる」のは渡邊さん=スタンダードトレードの手法の一つだが、ここではより素材力を測ろうと徹底した。
「今回、場所選びもそうでしたが、インテリアも『環境』というものを重視してみたんです。今、エコってよく言うけど、本当にエコロジーを目指すならわざわざ手を加えなくてもいいことがたくさんあるでしょ。でも、現実はむしろやりすぎていることがたくさんあって、本末転倒していると思う。なので、エコロジーの一つの解釈として、仕上げをせずに素材の力を信じた環境にいい住宅を目指してみたんです」(渡邊さん) |
(2) 右は玄関土間。右奥はもとからあった勝手口用のドアでメインのドアは手前にある。改修では、2つの出入り口土間を繋げて自転車も置けるよう広くとった。
(3) 作業スペースも収納もたっぷりとったコの字型のキッチン。出窓の向こうは、通りを挟んで公園。緑を見ながら皿洗いが出来るようにシンクは窓側に。「妻へのプレゼントです」と渡邊さん。
(4) 大テーブルを中心にしたダイニング。正面のキャビネットは、空間が続いているような感じを出すため、床から90ミリ浮かせて取り付けている。ペンダントはスタンダードトレードのオリジナル。ブラケットは今回新たにデザインした特注品。
(5) 窓を開け放つと、庭と一体となるリビング・ダイニング。広い庭もこの物件の魅力だった。庭はこれから徐々に手を加えていく予定。
(6) リビングにはコーナーソファを据え付けた。ソファには表面に何も施していないヌメ革を張っている。コーナーの2面の壁もナラ材を張り、無塗装にした。
(9)(10) 中央左がメインの玄関ドア。玄関収納、ミラーもスタンダードトレードの仕事。玄関側の壁は深い紺色にして空間を引き締めている。(上) 紺色の壁はそのまま階段へと続き、2階へ誘導する。手前の椅子とデスクは渡邊さんが仕事を始めたばかりの時に買った1970年代の家具。(下)
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