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ニュースリリース

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1914年8月、日本陶器合名会社の製陶研究所から初出荷
水洗腰掛便器の国産化から100年

~TOTOのものづくりの原点~

今から100年前の1914(大正3)年8月、日本陶器合名会社(現・株式会社ノリタケカンパニーリミテド)の製陶研究所で製作された国産初の水洗腰掛便器が国内の商店に出荷され、試験販売が開始されました。

製陶研究所製の
水洗腰掛便器
下水道がほとんど普及していなかった時代に、水洗腰掛便器を含む衛生陶器の国産化を実現したのは、後に東洋陶器株式会社(現・TOTO株式会社)の初代社長となる大倉和親(かずちか)と、その父・孫兵衛でした。

日本陶器は、輸出用の洋食器製造を目的として、1904(明治37)年に現在の名古屋市西区則武新町に創立され、大倉和親は29歳の若さで初代社長に就任しました。創立以来、白色硬質磁器によるディナーセットの国産化を急務としていましたが、実現に時間がかかっていました。

大倉親子は、本場ヨーロッパの製陶業を視察して知見を深めると同時に、水洗トイレの普及が進んでいた欧米の生活文化に触れて、「近い将来、日本でも水洗トイレが必要になる」と予見していました。そして1912(明治45)年1月、日本陶器内に製陶研究所を設立し、衛生陶器の国産化への研究を始めました。ディナーセットが未完で、新たに碍子(がいし)の製造も始めていた日本陶器の他の幹部からの了解を得られない状況の中で、製陶研究所は大倉親子の私財を投じての設立でした。

製陶研究所の成形作業風景
その後、17,280余種もの試作を経て1914年に衛生陶器の国産化に成功。その時、和風便器だけでなく、今では当たり前になった腰掛便器も完成させました。そして、国産化から3年後の1917(大正6)年5月、日本陶器の衛生陶器部門が分離し、北九州の小倉の地に、東洋陶器株式会社(現・TOTO株式会社)が設立されました。

この1914年に完成した水洗腰掛便器こそ、TOTOのものづくりの原点です。
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