TOTO
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  • 3.リモデルへの挑戦 ─ 現場の「行動」がトップの「想い」を実現した
  • プロローグ リモデル*を進化させてきたTOTO
  • 現在TOTOグループが柱としているリモデル事業は、1999(平成11)年の本格始動から急進し、その後の業績のV字回復に大きく貢献した。1993(平成5)年の「リモデル宣言」から始まったこのビジネスモデルを、その前史から振り返ってみると、そこには歴代の経営者が取り組んできた企業体質向上(改善)への施策や努力の積み重ねがあった。そうした先人の想いや狙いを1つひとつ確認しながら、TOTOがリモデルを進化させてきた、これまでの流れを振り返ってみたい。*「リモデル」の意味については第2章参照
  • リモデルと新築の違い(住宅の場合)
  • 3 リモデルへの挑戦 ─現場の「行動」がトップの「想い」を実現した
  • 日本は、人類史上例を見ないスピードで少子高齢社会を迎えた。戦後急速に復興した日本社会は、一転急速に成熟化へと向かったのである。当然、住宅設備機器メーカーにも成長モデルからの急旋回が迫られた。そうした中、TOTOは自らを変革し、リモデルの道を進んでいく。
  • 第1章 リモデル前史
  • マーケット志向への転換「増改・取替キャンペーン」
  • リモデル宣言に先行するものとして明確なのは、1981(昭和56)年から開始された「増改・取替キャンペーン」である。リモデル事業の“基本形”ともいえる活動が、この時すでに手掛けられている。その代表的なものが「TOTO増改のお店」である。これは後の「リモデルクラブ」の先駆けとなったもので、リモデルクラブ立ち上げに当たってはその母体となり、エントリー店とともに積み重ねた多くの貴重な経験も引き継がれていった。このような活動の背景には、TOTO自身の変革への胎動があった。1972(昭和47)年に就任した8代目社長の黒河隼人は、時代の変化にあわせて、自らを変革していくことの重要性を説いている。その一例が、1976(昭和51)年の年頭のコメントである。「つくれば売れる時代は過ぎ去りました。今後は需要家の要望を的確に把握し、全員の創意と工夫によって良い商品をより安くつくることが必要です」。TOTOのリモデル事業は、このマーケット志向への転換にその源泉がある。
  • 「増改・取替キャンペーン」時の営業ツール
  • 時代の求めるものに合わせ、自身を変化させる、すなわちマーケット志向の徹底化であった
  • 第2章 リモデル事業のスタート
  • 日本の新しい生活文化の創造を目指す「リモデル宣言」
  • 生活者としてのお客様のために新しい生活文化を創造していくことを目指すものとして、1993(平成5)年に12代目社長 江副が提案したのが「リモデル宣言」である。増改築に関わる新たなビジネスを、あえて「リモデル」という当時まだ聞き慣れない言葉で推進したのは、単に実需に応える日本型のリフォームとは一線を画し、日本に新たな住まいの文化を創出しようという江副の考え方に基づく。そこでアメリカでの生活を変える増改築を意味する“Re-modeling”から想を得て、よりお客様に密着し、その声に耳を傾け、新たなニーズに応えていくビジネスとして「リモデル」を提案したのである。この時新設されたリフォーム事業推進部(翌年にリモデル事業推進本部へ発展)では、翌1994(平成6)年の発足に向けて、リモデルクラブの組織作りが精力的に進められ、拡大していった。この加盟店拡大によってTOTOのリモデル事業はよりお客様密着志向となり、次なるステージに向けてステップアップしていくのである。
  • リモデルクラブ発足の集い(1994年) 「リモデル宣言」(1993年)
  • リモデルクラブは、工務店やリフォーム店、住設店などに大きく拡大
  • 第3章 市場競争に打ち勝つ源泉
  • CSの向上こそが業績回復への切り札
  • リモデル宣言が発表された1993(平成5)年、江副は4つの重点課題を挙げている。「売り上げの拡大」や「利益の向上」に先立ち、第1番の課題として挙げたのが「顧客満足の向上」であった。ここで強調されているのは、「顧客満足を得るための全社全部門の活動は、市場競争に打ち勝つ源泉となる」という認識である。バブル崩壊後、日々厳しさを増していく経済環境の中で、江副はCS(Customer Satisfaction:顧客満足)の向上こそが業績回復への切り札であると捉えていたのである。
  • 呼称の再定義
  • 80周年の1997年には「CS宣言」を発表、あいまいだった「顧客」の呼称を再定義した
  • 第4章 1999年の本格稼動
  • 新設住宅着工戸数からの脱却
  • リモデル事業が大きな節目を迎えるのは、重渕が13代目社長に就任した1998(平成10)年である。この年TOTOは、上場以来初の赤字を計上した。しかも新設住宅着工戸数は、2年続けて20万戸も減少していた。自らが副社長として推進してきた新設住宅着工戸数に左右されない、リモデルを中心としたビジネスモデルへの転換は待ったなしの状況であった。1999(平成11)年度の「社長宣言」で、社長方針の筆頭として、(1)お客様に感動を与える会社、(2)新設着工に左右されない経営体質が挙げられた。(1)は、個々のお客様に最適の商品、サービスを提供することでCSを実現していくこと、(2)ではリモデルなど新規市場の開拓の重要性が強調された。これにより、新設着工のシェアは死守しつつ、リモデル分野拡大を急ぐ新体制の方向性が明確化されたのである。
  • 1999年4月 陶友(社内報)
  • 1999年4月の社内報で、99年度社長方針が示され「現場へ赴き、お客様との新しい関係を作り上げよう」というスローガンが掲げられた
  • 第5章 リモデルの舞台を提供する
  • 突破口となった全国100カ所ショールーム展開
  • 重渕は、1998(平成10)年の社長就任から間もなく、ショールームの全国100カ所への拡大を発表した。業績が厳しい折に出された大胆な積極策であったが、この決断こそがTOTOのリモデル事業の成功をもたらすのである。かつてのショールームは、基本的には「見せるだけの」要素が強かった。方針が大きく転換するきっかけは、1997(平成9)年の創立80周年時に開催された「サンクス80いきまショールームキャンペーン 生活創快フェア」である。そこで初めて、お客様をショールームに誘引し、お得意様にショールームを商談の場として活用していただく取り組みが試みられた。これが後々、お得意様やパートナー主催のショールームイベントとして拡大していく。
  • 郊外型のショールーム
  • 見せるだけではなく、商談の場としてお得意様に活用していただくものへと進化
  • 第6章 セールスやアドバイザーの進化
  • TOTOの営業に求められた変革
  • セールスやショールームアドバイザーも、変化を迫られた。アドバイザーの評価基準となるのは、お客様からいただくCSアンケートの内容である。お客様にどれだけ喜んでいただけたか、分かりやすい提案ができたかが評価の指標となっており、お客様満足を第一とする考えは、今も変わっていない。セールスの評価の指標も大きく変えた。売り上げだけではなく、お客様との接点であるお得意様にどれだけアプローチできたか、どれだけリモデル提案活動ができたかといった活動の質も指標とした。当初は戸惑いや困惑も見られたが、リモデルが浸透するにつれ理解が深まり、当たり前のことになっていく。次第に多くのパートナーやお得意様からも支持を得ていくのである。
  • 「お客様満足」を第一とした提案活動・評価指標へ進化
  • 第7章 リモデルを牽引する両輪
  • 他社を引き離したリモデルクラブの存在
  • ショールームの全国展開とともにTOTOのリモデルを推進したのは、なんといってもリモデルクラブの拡大である。この2つが両輪となって事業を前進させ、それがリモデル市場での差別化をもたらし、他社を引き離したと言っても過言ではない。リモデル宣言の翌年に当たる1994(平成6)年、約600店でスタートしたリモデルクラブは、2005(平成17)年にはついに5000店を突破する。この伸びは、前述したショールームの全国拡大とほぼ平行線を描く。つまり、両者の間には明確な相関関係がある。新たなショールームができると、その地域ではリモデルクラブ店が増加していく。ショールームを活用して実績を上げるリモデルクラブ店が増えると、加盟店はさらに増えていく。またそれに応じてショールームアドバイザーの教育や増員を進め、リモデルクラブ店とショールームが一体となって地域のお客様にリモデルの提案を行っていく。これが、ショールームとリモデルクラブの基本的なビジネスモデルとなっていく。
  • リモデルクラブ発足当時のロゴマーク(左)と2017年現在(右) 当時の各種販促ツール
  • ショールームを活用して実績を上げるリモデルクラブの増加が業績を牽引
  • 第8章 さらなる高みへの挑戦
  • TDYアライアンスの発進
  • TOTOは水まわりを中心にリモデルを展開している。しかし、現実のリモデルの現場では、トイレといっても空間全体で考えると水まわり商品だけでなく、床や壁、天井もあれば、ドアや窓も存在する。これらに対応するため2002(平成14)年2月、TOTOと大建工業、YKK APの3社による「TDYアライアンス」がスタートした。住宅市場に対する危機感とともに、アライアンスで提供される質の高い空間提案に対する自信とプライドが表明された。そして、3社はそれを現実のものとしていくのである。環境問題への対応や、長期使用可能な質の高い家づくりへの取り組みもそのひとつといえる。2008(平成20)年から3社で提唱している「グリーンリモデル」は、「長もち住宅」「CO2削減」「健康配慮」の実現を目指したものである。その道の第一人者である3社が集い、「餅は餅屋」の精神で、各社の専門性と3社での相乗効果を十分に発揮し、お客様、お得意様へ期待以上の満足を提供し続ける。まさにこれがTDYアライアンスの真髄である。
  • 3社トップによる調印式(左からTOTO重渕社長(当時)、YKK AP 𠮷田社長(当時)、大建工業 六車社長(当時))
  • 3社それぞれの得意分野がシナジーとなって期待以上の満足が提供される
  • 第9章 お客様の期待以上の満足を
  • 新たな価値観を追求した「リモデル新宣言」
  • 14代目社長 木瀬は就任と同時に、リモデル宣言からちょうど10年を契機として「リモデル新宣言」を行う。その狙いは、リモデルを次の段階にステップアップさせることにより、新たな市場を創造することであった。「リモデル新宣言」でTOTOが目指したのは、「お客様の期待以上の満足を提供する」ことであった。人間のライフステージは、年齢とともに変わっていく。高齢となり、孫ができた人には、孫と一緒に入浴できる風呂があれば、世代間のふれあいをより豊かなものにできるなど、新たな暮らし方を提案することができる。こうした「モノ需要」から「コト需要」への転換を図ったのが、「リモデル新宣言」であった。このようにリモデルは、新たな担い手の登場によって、次々に進化を繰り返していくのである。
  • 「リモデル新宣言」(2003年)
  • ライフステージの進展による価値観の変化に着目。いわば「モノ需要」から「コト需要」への転換
  • 第10章 TOTOの活性化を目指す
  • 全社一丸リモデル創出活動
  • 2008(平成20)年度連結決算は、リーマン・ショックの影響で9年ぶりの赤字となる。この危機の中15代目社長となった張本は、2009(平成21)年、非営業部門を含む全社員を巻き込んだ「全社一丸リモデル創出活動」という前例のない活動を推し進めた。これはTOTOのリモデルを知ってもらう機会を増やそう、そのために積極的に動こうという趣旨である。中でも社内を驚かせたのは、工場で働く人々が取り組む「工場リモデルフェア」の開催だった。結果はさまざまな形で表れたが、明らかだったのは、製造現場のモチベーションアップだった。会場でお客様から寄せられるTOTO商品への信頼の言葉。それは初めての体験であり、製品を送り出す者としてのプライドの再認識となった。TOTOのリモデルへの挑戦は、CSマインドの向上など、TOTO自身の意識改革、体質改善の歴史でもある。「全社一丸リモデル創出活動」によって、いまやそれは開発や営業に止まらず、まさに全社的な意識改革へと拡大、発展を果たしたのである。
  • 工場リモデルフェアで再認識された信頼される製品を送り出す者としてのプライド
  • 第11章 ボトムアップからの改革
  • 現場の行動が実現したトップの想い
  • 冒頭に述べたように、TOTOのリモデルは、1981(昭和56)年から開始された「増改・取替キャンペーン」にまでさかのぼることができる。ここを始点とすれば、1999(平成11)年の本格始動まで、18年もの歳月を要したことになる。その間、何代もの経営者が挑戦して動かなかった壁を、1999(平成11)年に動かしたものは一体何だったのか。突破口を開いたのは、組織の末端から動かしていくボトムアップの力であった。経営者の「想い」に対して、現場が「行動」で応えた時、組織全体が動きだした。それが、1999(平成11)年から起こった奇跡ではなかったか。3年後の2002(平成14)年には早くも新築とリモデルの売上比率は逆転し、現在では日本国内の売り上げの約7割をリモデルが占めるまでに成長している。歴代の社長が挑み続けてきた、新設住宅着工戸数に左右されない企業体質への転換は、ここに完全に達成されたのである。
  • リモデル事業の成長により新設住宅着工件数に左右されない企業体質へ転換